28話

 ファミレス会議の日から一週間、盾石の指揮のもと、俺は勇者活動に明け暮れていた。


 いや、勇者活動と呼べるものではない。これこそ、勇者ごっこだ。


 最初の数日は、校舎でナメクジを探し回ったり、校庭に出て魔法陣から新しいモンスターが出てこないかの監視をしたりした。成果はナシ。


 次は「ゴブリーダーのアジトを探します!」と盾石が言い出し、近くの公園や林の中をひたすら探索した。成果はナシ。


 その次は「異世界へのゲートを確認します!」とまたまた盾石が言い出し、電車を乗り継いで病院に向かった。成果はナシ。


 そもそも魔法陣が見えない俺たちに、そのゲートが見える確証はなく、見えたとしても、今のところ異世界に行く予定はないので、意味はナシ。


 まとめると、この一週間の勇者活動では魔法陣に関する情報は何一つとして得られなかったのだ。一週間で分かることなんてないのかもしれないが、盾石の指揮にも問題はある。

 リーダー不信任案を今日にも提出するべきだろうか……。

 そんなことを考えている俺の視線の先では、某リーダーが雄々しく指揮を取っていた。


「じゃあ、皆さん! このボックスの中から、名前順に紙を引いて下さい! 紙の中の番号を確認したら、その番号の席に荷物を持って移動するようにお願いします!」


 まだ元気の出ない先生に代わり、立候補した盾石がクラスの席替えの指揮を取っていた。

 不思議だ、こういうのはちゃんと出来るんだな。


「次は剣賀くんです! 早く引いて下さい!」


 一週間の勇者活動を通じて、いつの間にか俺の呼び方が変わっていたが、俺はそのまま盾石と呼んでいる。




 教室の四隅の対角線が交わる中心の位置が俺の新しい席となった。

 出来れば窓際の一番後ろが良かったのだが、それはいい。問題は席の近くのメンバーだ。

 俺は前後左右の四方を、他の勇者達に囲まれることとなった。


 前が盾石、後ろが麻帆、右がマニル、左が射奈。


落ち着かない。一万円あげるから、誰か代わって欲しい。同じ学校、同じクラス、そしてこの席。

 どうでもいいが、魔王にもきっとバレているんだろう。

 俺たちが五人が教室という空間に一箇所に集まった時、召喚魔法陣は展開されたからな。


「ねぇねぇ剛! 見てみてー!」


 後ろから肩を叩かれて振り返ると、麻帆が何やらルーズリーフに生き物を描いていた。


「何だこれ? 下手くそな絵だな……」

「ゴブリーダーと、チョコバナナナメクジ!」

「……いや、何描いてるんだよ。どうせならもっと可愛いの描けよ」

「次は生物の授業だから、モンスター図鑑でも作ろうと思ってね!」


 確かに机に散らばった他のルーズリーフを見てみると、気持ち悪いモンスターや、どこかで見た事あるようなモンスターまで麻帆のタッチで描かれている。


「小学生の夏休みの自由課題かよ……。にしても、これ全然ゴブリーダーに見えないな。ジャムが撮ってた写真見せてもらえよ」

「それがね〜写ってないんだよね。射奈の下着姿は写ってるんだけどゴブリーダーだけ見事に消えてるの」


 右隣のマニルは座ったままま体をこっちに向け、スマホの写真を見せ、脚を組み替える。

 見えてしまった。ターコイズブルー。


「……異世界のモンスターは、カメラにも写らないのか」

「ちょっと! マニルちゃん、その画像早く消して下さい!」

「そうですよ、動亜さん! 弓屋さんのその白いブラジャーの画像を早く消してあげて下さい!」

「ま、護梨さん! そこまで言わなくていいです……」

「あ! 皆! 私が描いたこの『ブラデビル』っていうモンスター見てー! 誘惑して人間を襲うの!」

「ぷっ、なにそれ〜。私にも見せて」

「……ブ、ブラデビルですか?」

「なるほど、誘惑なら私には効きませんね」


 中心である俺の机の上に、ブラデビルとやらが描かれたルーズリーフが置かれ、四人が四方から近付いて覗き込む。

 自習中で騒がしい教室だが、近くの何人かには俺達のよく分からない会話が丸聞こえだ。


「おい……。こんな落書きはどうでもいいから、もう少し小さい声で話してくれ」


 俺はブラデビルを自分のバッグへと葬り去る。


「あー! 返してよー!」

「うわ〜、嫌らし〜! 一体それ何に使うつもり?」

「な、こんなの使えるわけないだろ!」


 動揺してマニルのいじりに対してストレートに返してしまう俺。

 マズい……。


「「…………」」


 射奈は顔を赤くして俯き、盾石は真顔で俺を見つめている。


「確かにそのモンスター図鑑は、モンスター対策の研究材料としては使えませんね」

「……そ、そうだろ? いやー、盾石の言う通り! こんな紙切れは何にも使えないってことさ!」


 ニヤニヤしているマニルと、未だに顔を赤らめる射奈を無視する。


「それはそうと魔法陣についての話し合いをしましょう! マニルさん、麻帆さん、射奈さんも一緒に!」


 盾石は手を叩いて、この場を仕切り始めた。

 さっきまではいつも通りだったマニルと射奈の表情が一瞬固まる。


「……いえ、私は大丈夫です。朝練で疲れてて、少し睡眠を取りたいので……」


 射奈はしらじらしい欠伸をした後、机に突っ伏した。


「私も大丈夫かな。気にせず二人でやって〜」


 ノートの間で眠っているジャムの頭を撫でながら、マニルは笑顔で答える。


「…………あ! 私も宿題しないと!」


 宿題が出ているわけない道徳の教科書を取り出す麻帆。

 今、勇者活動の話題は禁句となっている。

 なぜか分からないが、この一週間、その話題が出ると微妙な空気が流れるのだ。


「そうですか。じゃあ、また次の機会ですね!」


 にも関わらず、盾石は執拗に三人に協力を持ちかける。

 空気を読むということを知らないらしい。


「ていうか別に今じゃなくていいだろ……。どうせ放課後に集まるんだし」


 あー、…………本当に席替えしたい。

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