26話

 最早恒例行事となった、器物損壊についての朝礼。


 犯人は巨大ナメクジ、巨大ナメクジ、ゴブリーダーだが、そんな事を言っても信じて貰えるわけがないので、この教室では依然として俺と盾石が犯人となっている。


「皆さん、おはようございます。えー、今朝は屋上のドアが壊れていました……。朝、職員室の私の所に直接その人達が謝罪に来てくれたので、犯人探しのようなことはしませんが、皆さんも気を引き締めて学校生活を送ってください……。一時限目は私の数学の授業でしたが、これからすぐに他の先生方と臨時会議がありますので自習とします……はぁ。それでは朝礼を終わります」


 明らかにここ数日の気疲れが見て取れる先生は、そう言い残すと教室を出て行った。

 クラスメイトの視線が俺と盾石に向けられ、流石に心が痛む。


「ねぇ……剣賀さ、いつも放課後に盾石さんと何やってんの?」

「あんな可愛い盾石さんが窓ガラスやドアを破壊するのは想像出来ないんだけど本当なの?」


 俺の席の近くに座っている男子二人が話しかけてきた。名前は……何だったっけ。

 そういえば昨日から勇者くん、勇者くんと言って近付いてくるクラスメイトはかなり少なくなった。間違いなく、ここ数日の事件が関係しているだろうな……。


「なぁ、黙ってないで教えてくれよ」

「いや……そのー、ゆ、勇者ごっこをしててさ……」

「昨日も言ってたけど、それ何なの?」

「盾石さんが、勇者ごっこ? それはそれで、ギャップ萌えだわ」

「ほら、俺は剣持ってるだろ? だから、その、俺が勇者役で盾石が魔王役をしてさ……」

「私が何で魔王役をやらないといけないんですか?」


 おい、入ってくるんじゃねぇよ。盗み聞きが好きなやつだな。


「あ、盾石さん! は、はじめまして!」

「ち、近くで見るとメッチャ可愛い……」


 なるほど。この二人はどうやら盾石のファンのようだ。

 盾の勇者である盾石とデートがしたいなら、モンスターの一体や二体は倒せないと厳しいと思うが、二人とも頑張ってくれ。健闘を祈る。


「風評被害で訴えますよ? ちゃんと事情を説明してください」

「いや、あれだよな? お前の弟が、その〜勇者ごっこしたいってお前に言ってくるから俺が練習に付き合ってて、それで度が過ぎて窓ガラスやらドアやらを三日連続で破壊してしまったんだよな? そうだよな? な!」


 自分で言っておきながら、なんて苦しい言い訳なんだ。

 俺の話に合わせるように、盾石にアイコンタクトを取る。


「ん? 私に弟はいませんけど? さっきから何をデタラメ言って……ぢょっど!」

「あー! ごめんごめん、弟との勇者ごっこは秘密だったな! まぁそういう事だから、もういいかな……?」


 無理に笑顔を作って盾石のファン二人に問いかける。


「口に手を! 分かったよ、ありがとう……」

「羨ましい……」


 盾石の視線に耐えられなくなったのか、二人は急いで教室を出て行った。


「……ぷはぁっ! ちょっと! いきなり何するんですか! 変態!」

「うるさい! ちょっとは話合わせろよ! このバカ真面目!」

「あ、言いましたね! 人にバカって言う人がバカですよ! あ、でも今、私が言ったバカっていうのは例外ですけどね!」

「『嘘も方便』って言葉知らないのかよ! とりあえず、勇者ごっこって事にしといたらいいだろ……」

「勇者ごっこは構いませんが、勇者である以上魔王のフリをするわけにはいきません!」

「それくらい別に良いじゃん……。どんだけ意識高いんだよ」


 勇者という事実が発覚して、盾石はより厄介になりやがった。

 根拠のない自信で構築されていた使命感が、今では事実に裏打ちされた正しき使命感へとレベルアップしたからだろう。


 俺の場合は、勇者くんから、本当の勇者へとレベルダウンだがな……。




「さて、始めましょうか」

「本当にここでいいのかよ。同じ学校の生徒が来るかもしれないぞ」

「心配しなくても、誰も勘違いしませんよ。私とあなたでは、どう見ても釣り合っていませんから」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ……。聞かれたらマズい話だろ。はぁ……もういい。とりあえず今はいないようだしな」


 ここは学校の近くのファミレスである。俺は店の周囲を入念にチェックした後、中に人がいる可能性も考えて、盾石と時間差で入店した。


「あなたは自意識過剰すぎるんです。いちいち芸能人ぶらないでください。自分で思ってるほど、人というのは自分を見ていないんですよ?」

「俺は芸能人……みたいなもんなんだよ。別に誇ってるわけではなくて、事実だからな。ほら、見ろ。あそこのテーブルのやつ、さっきから俺をコソコソと撮ってる。それに、厨房の方でもキッチンとホールのスタッフが、ニヤニヤひそひそしてるだろ。これが現実なんだよ」

「物は捉えようです! あそこのテーブルの人は、私に一目惚れして写真を撮っているのかもしませんし、スタッフの人たちは私を見てときめいているだけかもしれません」


 盾石は得意げな顔で、ストローを口にくわえてコーラを飲む。


「自意識過剰なのはお前だろ」


 そういえば橋の上で、こいつにナルシストと言われたんだったな。

 その言葉も、そっくりそのまま返してやるよ。


「とにかく見方を変えれば、自分の世界は変わるということです!」

「はいはい……。分かったから、さっさと本題に入ろうぜ」


 盾という能力に気付いて、今まで見ていた世界を自分が守るべきものとして認識した盾石の言葉には説得力はある。

 だが、俺には響かない。

 右手の剣によって、俺の世界の捉え方というのも盾石とは別のものに変わったんだからな。


「それもそうですね。にしても、驚きました。あなたから勇者活動の協力を申し出るなんて」


 申し出たつもりはないが、大方合っている。

 一度断っていた学校を守ろうという盾石の誘いを、受けることに決めたのだ。


「理由こそ違えど、俺とお前の敵は一緒だからな。一人でやるより、二人でやった方が効率がいい」


 頼んでおいてもらったドリアが冷めたのを確認して、俺は一口頬張る。


「……まぁ、そこのところは大目に見ましょう。とりあえず、ありがとうございます」

「お前は学校を守るために諸悪の根源である魔王を倒す。俺は剣を抜くために呪いの元凶である魔王を倒す。ウィンウィンの関係だ」


 そう、俺は魔王との戦いを決意した。

 本物の勇者として世界を守るためではない。自分のブレない心に従って、剣を抜くためだ。戦いは避けられない。なら、せめてその運命を自分なりの解釈で受け入れようと思ったのだ。

 人のためではなく、自分だけのために俺は戦う。


「あなたが協力してくれるなら、私の二つ目の目的も果たせそうですし」

「二つ目? 学校を守るだけじゃないのか? なんだよ?」


 盾石は自分で頼んだ明太クリームパスタを、フォークでぐるぐると巻きながら答える。


「秘密です」

「うわ、出た……。秘密って言うなら、最初から二つ目とか言うなよな。気になるだろ。俺は気になることは後回しに出来ないタイプなんだよ」


 問題があれば、すぐに解決策を考え、常に前進し続ける男、それが俺だ。

 盾石のこんなくだらない秘密にも、俺の頭はフル回転して答えを導き出そうとしている。

 我ながら勤勉な脳である。


「マニルさん、麻帆さん、射奈さんのことは後回しにしちゃっていいんですか?」

「いや、後回しもなにも解決してるだろ。今日だって、別にいつも通りに話したし」


 昨日は色々とあったし、実を言うと俺は少し気をもんでいた。

 だが学校で会うと、マニルはいつも通り距離が近かったし、麻帆はとぼけていたし、射奈はおしとやかだった。いつもの三人だ。何も変わったことはない。


「やっぱりあなたは国語が苦手なんですね」

「は? どういうことだよ」

「なんでもありません」


 だから、それをやめろってば……。


「話が逸れましたね。本題に戻りましょう!」

「……じゃあ、まずは俺たちがこれからやるべきことだが──」

「リーダー決めですね」

「なんでだよ」


 シンプルにツッコミを入れてしまった。今のはボケだよな?

 顔を見るが、ふざけているようには見えない。


「意見が半々に割れた時は困りますよね? そういう時は、リーダーの意見を優先したらいいんです。そして、そのリーダーは私がやります!」

「それ二人でやる場合、常にリーダーの独裁になるだろ。そういうのは、ある程度の人数がいて意見がまとまらない時に取る手法だ。よって、リーダーはいらない」


 後、リーダーって聞くと、やつの顔がよぎるしな。


「こういうことには気付くんですね……」


 盾石は悔しそうな顔をして、ボソッとこぼした。こいつ、まさかそれを分かった上で、自分が主導権を握ろうとしていたのか? とても勇者の発想とは思えない。


「じゃあ、あなたは何を言おうとしたんですか?」

「あぁ……。俺たちがまず始めにやるべきこと、それは『魔法陣の消去』だ」

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