25話
射奈の家に着替えを取りに行き、そこで臨時会議を開催しようとしたが、五人満足に入るスペースが無く、その場の成り行きで俺の家に場所を移す事となった。
この移動の間に、モンスター、異世界、魔王の話題で四人は盛り上がっていたが、俺は勿論蚊帳の外だった。盾石があの三人と仲良く話せたのが意外だ。
やっぱり人というのは共通点があると仲良くなりやすい。
それが『勇者』であっても。
俺には理解が出来ないけどな。
とりあえず、無事マイホームに着いた。
俺の居場所は異世界ではない、この家だ。
「皆、気にせず上がって〜。部屋は二階の奥にある部屋だからね!」
マニルは誰よりも早く玄関に入り、皆を手招きする。
何でお前が仕切ってるんだよ、俺の家だぞ。
「お邪魔しまーす! 久しぶりに来たー!」
「相変わらず、私の家と比べると広いですね……羨ましいです……」
「麻帆も射奈も部屋に入るのはいいが、絶対に引き出しとか開けるなよ? いいか?」
「はいはーい!」
「……え。あっ! わ、分かりました」
何かを察したのか射奈は顔を赤くする。そう、ご名答だ。
俺が部屋に鍵をする理由、それは部屋にある大人の本を誰にも探られないようにするためだ。
中学一年生の時、四人で秘密を共有するようになってから、俺の部屋は勝手に溜まり場にされていた。
中学二年生になり、そういうことに興味を持った俺は、三人が入ってこないように部屋に鍵をつけて、溜まり場になるのを阻止したのだ。そこからは誰も部屋に呼んでいない。
昨日はマニルの侵入を許してしまったがな……。
とにかく今日は例外なのだ。
「…………」
「何してんだよ。上がらないのか?」
ズカズカと家に上がり込んだ三人とは対照的に、盾石は靴を履いたまま玄関で俯いていた。
どうしたんだ?
……まさか男子の家に上がるのが初めてで緊張しているのか?
うぶな一面は盾石にはないと思っていたが、これはこれでギャップが──
「全く! 人の家に上がる時は、ちゃんと靴を揃えないと! 本当に仕方ないですね」
だよな。盾石は緊張感のカケラなど微塵もなく、他の三人の靴を綺麗に並べていた。
「しっかりしてるな……」
「外にモンスターが出た時に、これだとすぐに外に出られませんからね! これでよし!」
「あぁ、そう……」
「すみません、お邪魔します。菓子折りを今日は持っていないので、今度郵便で送りますね」
それはなんか怖いんで、やめて下さい。
買い置きしていたお菓子と、ジュースが入った人数分のグラスを、俺の部屋にある少し大きめの丸テーブルに並べる。
「大きくて綺麗な丸い煎餅はないんですね……」
盾石は出されたお菓子を見渡して、ため息をつく。
あるわけないだろ。どこに売ってるんだよ、あれ。
「なんか、この部屋暑くない? 五人もいるから〜?」
ブレザーを脱いだマニルが、カッターシャツの上三つのボタンを外して胸元に風を送り込む。
「ちょ、ちょっと! 動亜さん! 何をしているんですか? エメラルドグリーンの下着がチラチラと見えていますよ!」
盾石が立ち上がり、マニルの胸元を指差す。そんな詳細に言うお前の方がタチが悪いぞ。
「あ〜、大丈夫大丈夫! 剛とは小学校からの付き合いだから!」
何が大丈夫なのか分かっていない俺は全然大丈夫じゃない。
「そういう問題じゃありません! あなたはもう少し自分のルックスを自覚するべきです!」
「ジャム〜、なんか私褒められちゃった〜」
「ほら! 私を見て下さい! 私は可愛いんで、付け入る隙を絶対に作りません!」
立ったまま大の字のポーズで手足を広げる盾石。
能力だけではなく、自分のルックスにも自信があるようだ。
事実だから何も言えない俺。
「護梨ちゃんのスカートも結構短いよー?」
麻帆は盾石のスカートを掴んで、ヒラヒラとさせている。
「これはいつでも回し蹴りが出来る様に、敢えて短くしてるんです。これでも校則の範囲内、戦略的短めスカートです」
「スパッツ履いてないから、蹴った時に見えちゃうよ!」
腕を組んだ盾石のスカートを下から覗き見る麻帆。
「わ、私の黒パンを勝手に見ないでください! スパッツは校則違反になるので履いていないんです!」
下着を言う時に、盾石はきちんと色まで言うほど真面目だ。
目のやり場なら俺の意思でどうにかなるが、耳に入ってくる情報は防げない。
だから俺は悪くない。
「ちょっと麻帆ちゃん! だ、駄目ですよ! あっ!」
立ち上がって麻帆を止めようとした射奈が、体勢を崩して向かいにいる盾石に倒れかかりそうになって、
「……ど、どうですか……。日頃、体幹を鍛えているから弓屋さんに押されてもビクともしませんよ?」
「あぁっ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ほんの出来心で……じゃなくて事故ですっ! 許して下さいっ!」
倒れそうになった射奈が咄嗟に突き出した両手は、盾石の両胸をしっかりホールドしていた。
流石、盾の勇者。
マニルと麻帆と射奈の攻撃を受けても、被害は顔の紅潮だけで済んだようだ。
仲良くなった女子同士の間に新たな溝が生じていないことを、平和主義者の俺は願う。
「そ、それより! いつまで、そうやって部屋の隅っこで体操座りしてるんですか? あなたが助け舟を出さないのが悪いんですよ!」
制服を整えた盾石が、俺を指で差す。
「別にいいだろ。お前らの会話はちゃんと聞いてるんだし。俺に構わず、四人でご歓談を続けてくれ」
俺は今世紀最大に落ち込んでいる。
逃げ出した時や、ゴブリーダーと対峙している時は脳が興奮状態にあって、状況は理解できても、実感がいまいち湧かなかった。
その余韻もなくなり、家に帰って落ち着いたことで、感情が遅れてやってきたのだ。
数時間前、俺は本物の勇者という事実に一瞬戸惑ってしまったが、すぐに理性を取り戻した。
それは俺という人間がブレなかったからだ。
確かに自分が拒んでいた勇者であることはショックだったが、だからといって俺の中で何かが変わるわけではない。
そんなの知ったことではないからだ。
俺にその役割を全うする義務はない。
と、魔石を渡そうとするまでは思っていた。
魔石さえ渡せば、勇者だという事実は残るが、全ての問題が解決し、普通の学校生活に戻れると踏んでいたからだ。
実際は魔石を渡すどころか、呪いというオカルト要素に、剣を抜くためには魔王討伐が必須、ということまで発覚する始末。
……はぁ。
「まるで子供ですね……。私は勇者であることを知って、俄然やる気が出てきましたよ? 今まで自分の中に掲げてきた使命が間違ってなかったわけですから」
盾石は自信満々に胸を張る。
ついさっき、胸を鷲掴みにされていたやつと同一人物だとは思えない。
「俺はお前とは違う。勇者であることは、もういいんだよ。俺が嫌なのは、その勇者という言葉の通りに生きないといけなくなったことだ」
「それは……あなたが橋の上で言っていた、可哀想な人、に自分がなるということですか?」
「そうだ。俺は結局、勇者という言葉が持つ意味の通り、この世界を脅かす魔王と戦わないといけなくなったんだよ。この剣のせいでな。可哀想以外のなにものでもない」
魔王は俺から魔石を奪うまで、何度もモンスターを仕向けてくるだろう。
逃げようがない。襲ってくる以上は俺も身を守るために戦わなければいけない。勇者くんとしてでさえ、平穏な生活とは程遠かったのに、今度からはモンスターとの戦闘も加わってくるのだ……。
ふざけんな! くそっ!
「わ……私は剛くんに協力しますよ? その、色々と日頃からお世話になってるんで……」
「私もー! 魔法の練習になりそうだし!」
「剛が困っているなら、私も喜んで力貸すよ。幼馴染だしね♪」
クラスに泣いている女子がいると、その周りに女子が集まり、盛大に慰めるという光景をよく見たことがあった。
そんな感じで俺の目の前に三人が集まる。
「気を使わなくていい。お前らは別に敵に狙われてないんだから関係ない。それに盾石みたいな変な使命感とやらもないだろ? 自分のことだけ考えて自分の身だけ守ってくれ」
三人は、さっきまで盾石の勇者談義を楽しそうに聞いたり、ノートに各々が想像する魔王の絵を描いたりして遊んでいた。
つまり、勇者も、魔王も、三人にとっては、そこまで大したことではないのだ。
別にそれでいい。
俺と違って、能力を持っていることに悩んでいるわけではないし、むしろ能力を気に入って有効活用している。
だから三人には俺に協力する理由がないのだ。
「関係あるよ? 困ってる友達を助けたいって思うのは当然じゃん」
マニルはしゃがみ込んで、視線の高さを俺に合わせる。
「それこそ、そんな勇者みたいなことはしなくていい。今朝の件は感謝してるが、もう大丈夫だ。モンスターは動物と違って、可愛くないからお前も楽しくないぞ」
「……まぁ、いっか。気が向いたら、また声かけてよ。ジャムも疲れてるみたいだし、今日はもう帰るね」
机の上で寝転がっていたジャムを胸ポケットに入れて、マニルは部屋を出て行った。
「さっき剛くん……私の制服を斬りましたよね?」
射奈は自分のTシャツの胸元を押さえながら俺に問う。
「え? あ、あぁ……それは悪かったな」
「許そうと思ってましたけど……やっぱり許しません!」
「あ! 射奈、待ってー! 私も帰るー!」
走って出て行った射奈の後ろを麻帆が追いかける。
扉を閉める時に、麻帆が全力のあっかんべーを俺にかました。
……これでいい。
今から俺がしようとしているのは自分のための行動だ。あいつらだって本当の勇者なんかではなくて、ただの女子高生なんだから、こんなことに巻き込むべきではない。
「謝らなくていいんですか? 友達なんですよね?」
「友達だから、これでいいんだよ」
「…………」
「何だよ」
「いえ、別に」
「まぁいい。それより、時間はまだ大丈夫か?」
「なんですか?」
「お前に話がある――」
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