23話
「あ! 剛に絡んでた人だ!」
麻帆が指差した先を見ると、そこには昨日の不良が立っていた。
懲りないやつだな。見た感じ体調は良好らしい。
「何か用ですか?」
「昨日と同じだ。お前の剣を奪いに来たんだよ」
「だ、誰ですか、この人」
射奈が不審がる様子で、不良から距離を取る。一瞬ブレスレットを弓に変えようとしたが、思いとどまったみたいだ。マニルは興味無さそうに体を伸ばし、盾石は見下すような視線を不良に送っている。
「風邪はもう治ったんですか? まだ病み上がりなんで、僕に近づかないほうがいいですよ」
「くっくっくっ。あれは魔法だろ? 下手な嘘をつくのはやめろ」
「え?」
なんで魔法のことを? まさか勘づいたのか? いや、そんなはずはない。
次から次へと……魔法の情報セキュリティはどうなってんだよ。
「お前らのことは全部知っている。そこの小さいのが昨日俺に魔法をかけた魔法使いだろ?」
「うん! そうだよー!」
「そうだよー、じゃない! 麻帆!」
「だってもうバレてるしー」
不良は腕まくりをして、首をコキコキと鳴らしている。いかにも、喧嘩上等、という感じだ。
「剣賀君、掃除は終わりましたか〜?」
「先生!」
担任の先生が、不良のすぐ後ろから、教室の中を覗き込む。
本来なら不良を補導して欲しいところだが、この不良は普通じゃない。
先生を巻き込むのは危険だ。
「どれ──」
不良は右腕を後ろに大きく引いた。
「危ないっ! 避けて!」
そのまま先生目掛けて右ストレートを放つ。
ダメだ! 間に合わない!
「ん? どうしたんですか? 避けて?」
「な……どういうことだ?」
不良の右腕は先生の体をすり抜けていた。
攻撃が当たるどころか、先生は不良の姿すら見えていないようだ。
「この世界の人間には、やはり直接干渉出来ないみたいだな」
体勢をもとに戻した不良は、不気味な笑みを浮かべている。
「もう大人をからかっちゃダメですよ? それじゃ、掃除用具はきちんと片付けて帰ってくださいねっ。さようなら」
先生はにっこりと笑い、教室の扉を閉めた。
…………。
「あなた、何者ですか?」
盾石が会話の口火を切る。
「お前らに警戒されないように人間の変身魔法を使って近付いたが、もう無駄なようだな」
そう言った直後、不良の顔や体が、徐々に緑色に染まっていく。
耳が伸び、鋭い牙を現出させ、モンスターへと姿を変えた。
RPGゲームでよく出てくるようなモンスターの見た目をしている。
名前は確か──
「なるほど。ゴブリンですね」
そう、ゴブリンだ。何で知ってるんだよ。
第一解答者である盾石は全く驚いた様子もなく、髪飾りを手首に巻いて盾として装備する。
昨日のナメクジといい、盾石がモンスターに取るリアクションは虫を見つけた時のそれだ。
「…………きゃぁぁぁぁぁっ!」
しばらく固まった後、初めて見るモンスターに悲鳴を上げる射奈。
これが普通のリアクションだろう。
「わ、私、カエルとかバッタとか、緑色の生き物が苦手なんですぅぅぅ!」
訂正しよう。これも普通のリアクションではない。
カエル、バッタの並びにゴブリンは組み込まれないだろ。
「あぁ! 思い出した〜! 家にあるヨーロッパの絵本に、ちょこちょこ出てくるモンスターだ! 可愛くないから、あんまり記憶に残ってなかった〜! とりあえず、写真撮っとこ」
マニルはスマホで調べ物をした後、ゴブリンの撮影を始めた。
インスタ映えはしないだろうから、絶対にアップするなよ。
ジャムはジャムで、ゴブリーダーを真剣な顔で見つめている。
どういう感情?
「これは流石にミラクル魔法少女の出番だねっ! へへっ!」
ピアスはいつの間にか、魔法の杖へと形を変えており、麻帆はそれを新体操のバトンのようにクルクルと回転させている。
少女漫画のようにキラキラとした目をして。麻帆には危険センサーというものが存在しないらしい。こいつらはモンスターを目の前にしても、いつも通り自分のペース。
頼もしいのか、頼もしくないのか……。
とか言ってる俺も、昨日のナメクジで耐性がついたのか至って冷静だ。慣れって怖いな。
いや、慣れというか常識が変わったと言った方が正しいのかもしれない。
「今朝は部下たちがしくじったからな。俺がけじめをつけに来てやったのさ」
なるほど。今朝のあいつらもゴブリンだったのか。
てことは、あいつらが言ってたリーダーっていうのは、こいつかよ……。
なんか拍子抜けだな。
「リーダーが先陣切って負けてるのに、なにがけじめだよ。笑わせんなよ、ゴブリーダー」
「ゴブリーダー? 初めて聞くモンスターの名前ですね。私が勉強に使っているライトノベルには出てきませんでしたよ?」
「今、名付けたからな。なんか絶妙に弱そうだろ?」
そんなことより、ライトノベルでこいつは一体何を勉強しているんだ?
「それがどうした。俺は戦闘要員ではない、頭脳派だ。その証拠に、俺は一日でこの世界の仕組みを理解した。相手の物を手に入れるためには『カツアゲ』が有効だということもな。だから、俺は不良を演じていたのだ。どうだ? 俺のスゴさが分かったか?」
ゴブリーダーは、これ以上ないドヤ顔で俺たちを嘲笑している。
頭脳派がこの程度なら、ゴブリンというのは全員とんでもないバカなんだな。
「さて、お遊びはここまでだ! まずは、いくつか質問させてもらおう」
「お前と遊んだ覚えはないし、質問も受け付けていない」
「あなたと無駄話をするつもりはありません。大人しく倒されてください」
根幹の理由は違うだろうが、珍しく盾石と気が合った。
これ以上、こいつと関わるのは面倒だ。
「なぜ、お前らはドニカナル王国ではなく、この島国にいたのか答えろ」
「どこだよ、それ。ドミニカ共和国の間違いだろ」
「……それも知らないとは、お前らは何一つ分かっていないようだな」
「その国と私たちに、どういう関係があるんですか? 知ってるならさっさと答えて下さい」
盾石は足を床にパタパタとさせながら、ゴブリーダーを急かす。
「フッ、まぁいいだろう。ここではない違う世界──お前らの言葉で言うなら『異世界』にある国だ」
異世界……だと?
「お前らは、そのドニカナル王国に生まれるはずだった──」
…………。
「五人の勇者だ」
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