22話
昼休みの少し前に学校に着いた俺たちは、生活指導の先生から三十分ほど説教を受けた。
やはり居場所はSNSでバレていたらしく、何をしていたのか、とかなり問い詰められたのだ。
頭の回転の速さと口先の巧みさを武器に、勇者くんとして世間を欺いてきた俺でも、先生を納得させるほどの作り話をすることは難しく、二人して沈黙を貫き続けた。
結果として俺には罰が与えられ、しばらくの間、放課後の居残り掃除をすることとなった。 麻帆は今回、お咎めなしだ。今朝の窓ガラスの件もあり、俺には執行猶予が付かなかった。
停学にならなかっただけマシである。
平穏な学校生活を望んでいるのに、はやくも生活指導の先生から素行不良の烙印を押されてしまって俺は憤慨している。
「おかえり〜。だいぶ絞られたみたいだね。大丈夫?」
「大変でしたね……。怪我はありませんか?」
教室で頬杖をついていると、マニルと射奈が話しかけてきた。
購買部から戻ってきたのか、ジュースと食べ物がいくつか入ったレジ袋を持っている。
ちなみに麻帆は疲れたのか、席で眠っている。
「俺も麻帆も怪我はしてない。放課後の居残り掃除を仰せつかっただけだ。それより、さっきはありがとう。助かったよ、マニル」
「え……なんか、そんなに素直にお礼言われると少し気味が悪いんだけど。本人? 偽者にすり替わってたりしてないよね?」
「してねぇよ。右手の剣が手から抜けないのが、その証拠だ」
マニルが俺の指を剣から離そうとする。
「あ、剛だ」
鞘はトラックの中に置いてきてしまったから、今は剣が剥き出し状態にある。家にはいくつかスペアがあるから、それに関しては問題ないが、今日の帰りもタクシーに乗った方が良さそうだな。
「マニルちゃん、すごかったんですよ。剛くんたちが来なかったんで、学校周辺の動物に聞き込みをして、場所を特定したんです!」
射奈が珍しく興奮気味に話す。
「聞き込み? よく授業中にそんなことが出来るな……」
動物使い恐るべし。
「一番近くにいた鳩に意識をリンクさせて、そこから数珠繋ぎみたいに他の動物に意識を共有させていって分かったの。でも気付いた時には結構時間が経ってたから、速く飛べるツバメちゃんにお願いしたってわけ♪」
「なるほどな……。会う機会があったらツバメたちに、ありがとう、って伝えておいてくれ」
ジャムが胸を誇らしげに張っているが、お前は別に活躍してないだろ。
そういう態度を取りたいなら、次は一枚噛むことだな。
「私も場所が分かっていたら、技術室にあるバールでも飛ばそうと思ったんですけど。力になれず、申し訳ありませんでした……」
「いや別に射奈が謝ることじゃない。その気持ちだけで十分だ。ありがとな」
バール? 何言ってんの? 怖いんですけど! 殺す気ですか?
キーンコーンカーンコーン、キンコンカンコーン。
昼休み終了のチャイムが鳴り、心に平穏を取り戻す。射奈って、怒らせたら一番怖そうだな。
「あ、忘れてた。これ、剛と麻帆の昼ご飯」
「ありがとう。たった今、食べる時間がなくなったけど」
マニルからレジ袋を受け取り、中身を確認した。
アンパンと牛乳が二つずつ。
一昔前の張り込みする刑事かよ。
放課後になり、黙々と教室の掃除をする。剣と箒の二刀流だ。
空腹が満たされなかった麻帆は食堂に行き、マニルと射奈も付いて行った。
作業を止めて、二回目の修復がされた窓ガラスを見ると、昨日のモンスターとの戦いを思い出して憂鬱な気分になる。
「サボらないでください」
「あ、悪い」
教室に残って掃除をしているのは俺と盾石の二人である。
窓ガラスを割った(ということになっている)二人のうちの一人として、罪悪感でもあったのか自主的に手伝ってくれているのだ。ま、感謝の気持ちは全くないけど。
「私が手伝っているのは、あなたに楽をさせるためではありませんからね。自分の発言の責任を自分で取っているだけです」
「あぁそうですか。確かにお前の余計な発言のせいで、俺も居残り掃除をするハメになったからな」
「わ、私は事実を言っただけです! 学校で起きたことは、生徒や先生には知る権利があると思うから言ったんです!」
盾石は俺が一箇所に集めていたゴミのところで、ちりとりを構えて、ゴミを入れろと目で訴えてくる。
「モンスターの存在なんて、普通の人が信じるわけないだろ。それに信じたところでパニックになるだけだ」
ゴミの場所へ移動し、しゃがんでいる盾石を見下ろしながらゴミをちりとりの中へと入れる。
「じゃあ、どうするんですか? モンスターの存在をひた隠しにしたところで、皆の安全が保証されるとは思いません!」
「お前とは考え方が違う。俺は大事になって面倒になるのだけ避けられればいいんだ。別に学校の皆を守ろうなんていう気持ちはないんだよ」
「またそれですか……。このままでは、あなたが言うところの大事になるのだって時間の問題だと思いますけど」
「まぁ、そうかもな」
大丈夫だ。俺には考えがある。今朝の誘拐事件からヒントを得た。
まだ試してはいないが、それが出来ればこの面倒事を全て片付けられるかもしれない。
「それではいけません! 私は小さい頃から選ばれし者としての自覚を持ってきたんです。いつ世界に脅威が訪れても自分が絶対に守るという覚悟も。でも、今初めて実際こういう状況になって、明確に自分がするべき事が分かったんです。世界というのはあまりにも漠然としていました。私にとっての今の世界は、この学校生活です。だから、この学校の平和を守ります! それが今の私の使命なんです!」
盾石は勢いよく立ち上がり、その拍子に、持っていたちりとりの中のゴミも放り出される。
この教室の衛生を先に守れよ、ちりとり使い。
「そうか、頑張ってくれ」
演説を聞き流して、もう一度ゴミを一箇所に集める俺。
模範掃除人として、一日もはやく居残り掃除という苦行から逃れたい。
「そこで相談があります。あなたも一緒に学校を守りませんか?」
なんとなく嫌な予感はしていが、やはりそうきたか。
掃除が終わったら昨日のモンスターを探しに行く、と盾石が数分前に息巻いていたので、昨夜のお風呂場での事の顛末を親切心で教えてあげたのだ。
だから、俺を戦力とカウントしたのかもしれない。
「断る。何で俺がお前の慈善活動に協力しないといけないんだよ。それに昨日『あなたと協力しなくても私一人でモンスターくらい倒せます』とか言ってただろ」
「麻帆さんから、今日の誘拐事件のことを聞きました。もしかしたら、私はあなたのことを誤解していたのかもしれません。なので、互いに理解を深めるためにも私の活動に協力して下さい!」
秘密だって言ったのに、麻帆の奴……。今日一日で、どんだけ打ち解けてんだよ。
盾石は大きな瞳で、俺を真っ直ぐ見つめ続けている。
「……誤解もなにもないだろ。それに、その必要はないんだよ。なぜなら──」
「剛ー! お待たせー! あ、護梨ちゃん! やっほー!」
絶妙なタイミングで麻帆が教室に走って入ってきた。
お前が盾石に何を言ったかは知らないが、そのせいで俺は新たな厄介ごとに巻き込まれそうになっているんだよ……。後ろから、マニルと射奈も続く。
「あれだけ食べたのに、よくそんなに動けますね……」
「掃除終わった〜? 話があるんでしょ?」
俺を含めた能力者全員が、教室に集結した。
「丁度いい。とりあえず座ってくれ」
自分の席に座り、近くに座るように促す。掃除は一時中断だ。
三人は適当な席に座り、バッグを机の上に下ろした。
盾石だけは座らずに、腕を組んだまま俺の目の前に立っている。
「お前も、そこらへんの席に──」
「あなたとの話が終わってません」
こいつは無視でいいな。
「集まってもらったのは、昨日のLINEの件だ。話の詳細を、お前らにも聞いてもらいたい」
「面白そうだな。俺も混ぜてくれよ」
俺がモンスターの話題を切り出そうとすると、聞き覚えのある不快な声がした。
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