21話

 今は走行中だぞ。ノックなんて出来るわけがない。聞き間違いか?


 コンコンコン!


 再び同じリズムで扉がノックされる。

 よく聞いてみると、ノックにしては音が鋭い。


「剛! 助けが来たよ! 私たち助かったよ!」

「お前は本当にポジティブだな……。まだ油断するなよ」


 新たな敵の可能性もゼロではない。どちらにしろ確かめる必要がある。

 停車したタイミングで、俺は同じようにノックを返した。

 すると、扉をロックしていたレバーの外れる音が聞こえ、徐々に外の光が差し込んでくる。


「誰だっ! ん? …………ツ、ツバメ?」


 既視感がある。トラックの扉の外には、数十匹のツバメが飛んでいた。

 協力してレバーを外してくれたようだ。扉がある程度開くと、俺と麻帆の制服をくちばしで引っ張り、早く降りろと急かしてきた。そのまま道路へと降りて、扉を再びロックする。青信号になり、トラックはそのまま病院の方向へと走って行った。


「鳥さんたち、ありがとう! 私たちラッキーだね」

「鳥たちの気まぐれで助かったんじゃない。マニルが助けてくれたんだよ。あのツバメたちはマニルの使いだ」


 俺たちの無事を確認したツバメたちは、散り散りになり、そそくさと飛んでいった。

 日本に渡ってきてくれてありがとう。この国の春を存分に堪能してくれ。


「あ、そういうことだったんだ! 後でマニルにお礼言わなきゃ」

「そうだな。それより、早くここを離れよう。道路の真ん中に勇者くんがいるのは色々とマズい……」

「確かに、すごく目立っちゃってるね……」


 俺たちは片側三車線の道路の中央分離帯に立っている。

 トラックの扉を閉めて、青信号になる直前、傍の中央分離帯へと咄嗟に避難していたのだ。

 さっきから横を通る車が減速しては、俺の写真を撮っていく。

 運転中は前を見ろって、誘拐犯も言ってたぞ。


「よし、今のうちに渡ろう」


 赤信号になったタイミングで、路側帯へと急いで移動する。なぜか、麻帆は俺の手をしっかり握っているままだ。横を見ると無邪気な顔でハミングをしている。

 離すのを忘れているのだろうか、麻帆なら有り得る。

 まぁいいか。

 車の間を原付がすり抜けてくるかもしれないから、という理由で甘んじて受け入れた。




「お金あるの?」

「学校に着いたらな。教室に財布がある」

「私も半額払うからね!」

「心配は無用だ。小さい時にテレビで稼いだ分の貯金がまだあるからな」

「いいの? じゃあ……今度ジュース奢るよ!」

「おう。炭酸以外でよろしく」


 携帯も財布も持ってなかった俺たちはタクシーに乗った。

 右手の剣を上げてタクシーを捕まえるわけにもいかなかったので、麻帆と繋いでいた手を放して捕まえた。


「昼休みには着くかな? 私、お腹空いたよ〜」

「ご飯食べる前に、まずは職員室に行くのが先だ。多分相当怒られるから、お前も覚悟しておいた方がいいぞ……」

「何で? 私たち悪いことしてないよ! 誘拐されただ──いたっ!」

「いやー、まさかバスで寝過ごして、こんなに遠くまで来るなんて俺たちもドジだよな〜」


 麻帆が余計なことを口走ろうとしたので、中指で太ももを弾いて話を逸らす。

 セクハラではない。指先に偶然、太ももがあっただけだ。

 バックミラーで運転手と一瞬目があったが、そこまでこちらに興味はないようだ。 

 一安心。

 今頃、学校では生徒二人が消えて問題になっているだろうな。

 それに写真を撮られたから、SNSでも軽い騒ぎになっているはずだ。


『道路の中心で幼女と手を繋ぐ勇者くん』なんて見出しのネットニュースも出るかもしれない。


「このことは秘密なんだねっ! 了解!」

「魔法と同じレベルの秘密だから、絶対誰にも言うなよ」

「やっぱり剛は私のヒーローだね」

「さっきも言ってたけどさ、決闘の時にお見舞いした俺のチョップがそんなに格好良かったのか? お前、変わってるな……」


 ヒーローという単語を真っ直ぐぶつけてくるので、小っ恥ずかしくなり窓の外の景色を見る。


「そうじゃないってば! 私をいつも助けてくれるからだよ!」

「助ける? 俺がいつお前を助けたんだよ」

「最初は決闘の時! その時は分からなかったけど、今なら分かるよ! 学校の皆に、私が魔法使いってバレないようにしてくれたんだよね?」

「あんまり覚えてないけど……。多分、お前の不安定な魔法に恐怖心を抱いて、速攻で倒したんじゃないか?」


 昔の自分の気持ちなんて、明確に覚えているものじゃない。覚えているのは、その辺りからテレビに出るのが嫌になったというくらいだな。注目されるのがウンザリだった時期だ。


「今だって、魔法を使ったら怒るじゃん! 剛は、有名になった大変さを知ってるから、私が大変にならないように叱ってくれるんでしょ?」

「俺はいつも言ってるだろ? 麻帆という魔法使いの存在が知れ渡れば、相乗効果で俺も話題になって面倒なことになるって。それがお前を叱る理由だ」


 悪いな、麻帆。俺は自分のことしか考えてない利己的な人間だ。

 自己を顧みず、他者を助けるというのは俺の生き方の正反対にある。


「違うもん! さっきだって剛は残って、私だけ逃がそうとしたじゃん!」

「その方法が一番、俺の助かる確率が高かったからだよ。一人でも逃げれば、助けを呼んだり出来るだろ? 相手の目的は俺の剣だった。なら、囮に最適なのは俺だ」

「もー! 剛のバカ! 意地っ張り!」


 麻帆が許可なく俺の太ももをバシバシと叩く。これはセクハラに該当するだろ。


「だから俺のことをヒーローって呼ぶのはやめろ」

「じゃあ、私のこと今度から魔法少女って呼んで!」

「呼ぶか。俺が変なやつって思われるわ!」

「じゃあ、今度からヒーローって呼ぶもんね!」

「いつの間に呼び名がヒーローになってるんだよ! 話変わってんだろ」

「じゃあ、魔法少女って呼んで!」

「電波女。奇天烈幼女」

「むー! じゃあ、勇者って呼ぶもんね!」

「勇者は絶対にやめろ!」


 麻帆の頭に軽いチョップをして、漫才もどきに終止符を打つ。

 たんこぶが出来る心配でもしているのか、頭をさすりながら俺を恨めしく見る麻帆。

 治癒魔法でも早く覚えるんだな。


 あ。


 そういえば魔法がどうとか、俺たち普通に話してたよな……。

 仕方ない、少しだけ手を打っておくか。


「あのー、運転手さん、今の話は聞かなかったことに……」

「……ぐふっ。だ、大丈夫ですよ」


 え、めちゃくちゃ笑ってるじゃん。


 運転手は堪えきれずに吹き出したようだ。顔がものすごく赤い。体もぷるぷると震えている。

 いや、そうだよな。

 高校生の男女が、魔法少女だの、ヒーローだの、勇者だの、そりゃ笑うわ……。


「剛、どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」


 そこから俺は一言も話さなかった。

 

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