20話

 目を覚ますと、俺は薄暗い場所にいた。


 口にはガムテープが貼られ、上半身はロープで縛られているようだ。空間内には小窓が一つだけあり、そこからは微かな光が差している。虚な目で横を見ると、同じように捕縛された麻帆がいた。穏やかな寝息を立てている。とりあえず大丈夫そうだ。

 周囲からはタイヤの駆動する音が聞こえ、中からはエンジン音が聞こえてくる。


 ここは恐らく──道路を走るトラックの中だ。


 停車を繰り返していることから、高速道路ではないみたいだな。すこぶる気分が悪いが、意識は段々とハッキリしてきた。


 どうやら俺たちは誘拐されたらしい……。


 麻帆が倒れた直後、俺も意識を失ってしまった。

 原因は分からないが、麻帆に話しかけた謎の男の仕業だろう。

 小窓の向こう側、運転席から男二人の話し声が聞こえてくる。


「お前さぁ、よく催眠ガスとか持ってたな。作ったのか?」

「俺じゃねぇよ。リーダーが自分で作ったやつをくれたんだ」

「マジで? すげぇな。じゃあ、この乗り物もリーダーが用意したのか?」

「あぁそうだ。計画を立てたのは昨日の夜なのにすごいよな」

「まさか、リーダーも一日で倒されるなんて思わなかったんじゃね? それも魔石の力で」

「だろうな。だから、こうやって俺たちに魔石の回収をさせてるのさ」


 誰だ、こいつら。特に、リーダーって誰だよ。


 倒されたっていうのはナメクジのことだよな?


 話の流れ的に、魔石というのは、俺の剣に埋まっている赤い石?


 何一つとして話が見えてこない……。幸いにも、前の二人は俺が目を覚ましていることに気が付いていないようだ。このまま状況を探ろう。


「けど、聞いていた話と違くねぇか? 魔石を持っているのは魔法使いだったよな。何で剣士が持っていやがるんだ?」

「俺が知るわけないだろ。だから、こうやって魔法使いも連れてきたんだ。剣士の方は剣だけで十分だったが、なぜか剣が抜けなかったからな」

「まぁ別にいいか、魔石さえ手に入れば。捜索作業は、くそつまんなかったぜ」

「ちゃんと前見ながら話せ。目的地に着くまで問題起こすなよ」


 麻帆の正体がバレている。

 なぜだ。それに前の二人は、魔法という単語に全く抵抗を持っていない。


 ……くそっ、何も分からない。


 とりあえず、考えるのは後回しだ。今はここを脱出することに時間を割こう。

 俺は盗み聞きしている間に、両足で鞘を外し、肘から肩にかけて巻かれていたロープを剣で斬って、ガムテープを剥がしていた。後は作戦を考えるだけだ。


「麻帆、起きろ。ここを出るぞ」


 ロープとガムテープから麻帆を解放し、体を揺するが起きる気配がない。

 なんなら、ムニャムニャ言っている。


「もう朝だ、学校に遅刻するぞ」

「えっ──」

「静かにしろ」


 飛び起きた麻帆が大きな声を出さないように、すぐに左手で口を塞ぐ。

 これでは俺が誘拐犯みたいじゃないか……。

 前の二人に気付かれないように耳元で囁く。


「悪い、大きい声は出さないでくれ。体調はどうだ? 問題ないか?」


 コクっ。


「よし、落ち着いて聞いてくれ。どうやら俺たちは誘拐されたらしい……」

「ッ──」


 麻帆がまん丸な目を大きく見開く。流石に動揺したのか、なにか言いたげな顔で口をモゴモゴするので、塞いでいた手を外してやる。


「なんかワクワクするね!」

「もう一回ガムテープ貼るぞ、お前」


 慌てふためくよりはいいが、ここまでお気楽なのも考えものだ。

 今日からサイコパス魔法使いを名乗れ。


「いいか、麻帆。簡単に説明するぞ? 前には大人の男が二人いる。そいつらが二人がかりで、俺たちを別の場所に連れて行こうとしているんだ。それにお前が魔法使いだということもバレている。今はそういう危機的状況だ。理解出来たか?」

「剛と一緒だから大丈夫!」

「やっぱり分かってないな……」

「だって一緒にいたら楽しいし──」

「だから、楽しいとか、そういうことじゃ──」

「剛は私のヒーローだからね!」


 麻帆はいつもの屈託のない笑顔で俺の手を握ってきた。

 その小さな手に震えや怯えはなく、ただただ力強い意志が感じられた。

 本当に、この状況をなんとも思っていないようだ。


「……ヒーローって、お前小学生かよ」

「きっかけは小学生の時だったよ! 決闘の時!」

「あぁ、あれはお前が本物の魔法使いだって気付いて、身の危険を感じたからな。チョップしただけで、別にそんなヒーローみたいな格好いい勝ち方してないけど」

「そういうことじゃないもん! べー!」


『目的地の日本白文字病院まで、およそ1kmです』


 俺と麻帆が小声で揉めていると、運転席からカーナビの音声案内が聞こえた。


「病院? しかも、何で俺が生まれた病院に……?」

「何の話ー?」


 時間がない。得策とは言えないが、もう強硬手段に出るしかない。


「作戦を言うぞ、麻帆。俺が今から剣で小窓を割って、あいつらに攻撃する。そうすれば、あいつらは運転席を降りて、ここを開けてもう一度俺たちを捕縛しようとするだろう。俺が抵抗する間に、お前は隙を見て逃げるんだ。いいか?」


 上手くいくとは思えない。

 だが、このまま目的地に着いて扉が開いた瞬間を狙うより、こちらから仕掛けて相手を狼狽えさせるほうがまだ可能性はある。


「えー! 一緒に逃げようよ!」

「それだと二人とも、すぐに捕まえられるだろ。ナシだ」

「じゃあ、私の魔法を使って二人で脱出しよ!」

「それは脱出より命の危険が伴うからもっとナシだ」

「もぉ! ケチ! ビビり! 意気地なし! おたんこなす!」


 麻帆が逃げたら、その後は俺一人で切り抜けるしかない。

 正直一人で脱出する算段は全く立てられてないが、もともと相手の本命は俺みたいだしな。

 二人仲良く連れて行かれる必要はない。


 コンコンコン!


 俺が作戦を実行に移そうとすると、トラックの扉からノックするような音が聞こえてきた。

 

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