18話
「麻帆、お前もナメクジを学校で見たのか?」
朝礼後の十分休み、俺は麻帆の座席の前に座り、取調べをしていた。
カツ丼の代わりに、ペロペロキャンディーを渡して。
「うん! 何でそんなに驚いてるの?」
「逆に何でそんなに冷静なんだよ……。まぁいい。お前が知ってる範囲でいいから教えてくれ。まずは、いつどこで見たんだ?」
「入学式の日に、剛が教室でパンツを見せびらかしてた時かな……? その時に校庭から、不思議な魔力を感じてね。見てみたら、校庭の真ん中に魔法陣みたいなのが出来てたの! そこから、たくさんのチョコバナナナメクジが出てきたよ!」
「……麻帆。このことを誰かに話したか?」
「誰にも話してないよ! だって、魔法陣のことを誰かに話したら剛、怒るよね? それくらい私だって分かるよ〜」
麻帆は封を破り、小さな口にペロペロキャンディーをくわえた。
ニマニマしながら、俺の顔を見つめている。
「何でそんな大事な事は早く言わないんだよ! お前ぇぇぇぇ!」
麻帆のほっぺたを両手でつまんで、上下左右に動かす。
「えぇ! にゃんで〜? にゃんでおごりゃれでるの〜?」
魔法陣。大量のナメクジ。パンツと重なった謎のタイミング。
色々と気になることは多いが、とりあえず後回しだ。
まずはこの自称ミラクル魔法使いの言い分を聞いて、お灸を据えるかどうか決めないとな。
「他の人はともかく、何で俺たちにも話さなかったんだよ」
俺の手から解放されたほっぺたは、ぽよんと元通りの張りを取り戻す。こいつの肌年齢は多分小学生くらいだ。アンチエイジングの魔法でも習得しているのだろうか。
「え? だって私と同じように剛たちにも、あの魔法陣見えてるよね? だから別に話すことでもないと思って……。出てきたのも、色が珍しいナメクジだけだったし……」
麻帆が指差した先を見たが、校庭で体育の授業の準備をする上級生が数人見えただけだった。
なるほど、魔法陣は魔法使いにしか見えない。
その魔法陣──召喚魔法陣ってやつか。
本とかゲームで聞いたことあるな。
ナメクジがそこから湧いたってことは、そう考えるのが妥当だろう。
にしてもナメクジが大量発生とは正直予想外だ、普通に気持ち悪い。
間近で見たなら卒倒するレベルだ。
モンスター害虫駆除の業者でも手伝ってくれない限り、一掃するのはなかなか難しいかもしれないな。
もちろん費用は、召喚魔法陣を展開させたやつ持ちで。
「魔法陣はお前にしか見えてないみたいだな」
「わ、私にしか見えてなかったの! ちょっと待って……。あの小さいナメクジが窓ガラスを割ったの? どうやって?」
「ナメクジっていうかモンスターだからな。力も強いし、牙もある。それに体の大きさも変えられるんだよ。気持ち悪いだろ?」
「モ…………モンスター?」
ポトっ。
麻帆の口からペロペロキャンディーが落ちる。
なんだか目がキラキラしてるように見えるのは気のせいだろう。
「魔竺さん、ちょっといいですか? 話は聞きました」
盾石が後ろから、俺を推し退けるようにして、話に割って入って来た。
肩がガッツリ触れているが、盾石はそんなこと気にするはずもなく話を続ける。
「おい、盗み聞きしてたのかよ……」
「魔法陣がどこにあるのか教えてもらってもいいですか?」
無視されました。
「ま、護梨ちゃん? え、魔法って……え?」
珍しく麻帆が困惑した表情で俺の様子を窺う。
意識高い系盾使いと、自称ミラクル魔法少女の邂逅である。
「大丈夫、盾石は盾使いだから。お前の魔法のことも知ってる……」
「あ、そうなんだ! じゃあ、いいよ! 私のことは麻帆って呼んで!」
切り替え早っ! 絶対、なにも考えてないだろ。
近所の公園で出会った子供同士くらいのスピードで、麻帆は盾石を友達として認識した。
「麻帆さん、ですね。一時限目まで後、十分あります。走っていきましょう!」
「だね!」
いや、なんか颯爽と教室を出て行ったけど、見に行ったの魔法陣だよな。
学校に巣作りした鳥の雛とか、野に咲く珍しい花じゃないよね?
何だろう、この緊張感の無さ。昨日、俺は何度か命の危機にあったんだけどな……。
こうやって学校に通い、日常生活に溶け込んでいると、昨日の出来事が遥か昔、遠い世界での出来事かのように思われて、実感が湧かない。
今のこの世界に魔法やモンスターが普通に存在していたなら、襲ってきたモンスターを剣で倒すというのは一般常識なのだろうか。
いや、考えたところで分かるわけがないな。
考えているのは現代の日本に生まれた、ただの高校生の俺なんだから。
しばらく物思いに耽った後、俺は外に目をやった。
魔法陣があるであろう場所の上を麻帆が木の棒でなぞり、それを盾石が真剣な表情で観察している。
校庭にいた上級生たちは、少し離れた場所から二人を訝しんでいた。
俺の常識は、どっち寄りなんだろうか……。
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