17話
「昨日の放課後にまた窓ガラスが割られました」
巨大ナメクジの駆除から一夜明けて、その疲労から朝礼に五分ほど遅刻した俺が教室に入ると、担任の先生が神妙な面持ちで話をしていた。
「まだ学校生活も始まったばかりです。この中に犯人がいると思っているわけではありませんが、二日連続でこのような事が起きているので、何か知っている人がいれば後で私の所に来て教えて下さい」
さて、どうしたものか……。
俺は昨日まさしくその現場に居合せ、犯人を目撃し、なんなら成敗もしているのだが、それを信じてもらえる術がない。
いや、術があっても関係ない。モンスターの存在が知られると、色々と面倒なことになる。
すみません、先生。ここは沈黙を貫かせて頂きます。
右手の剣のせいでダダ漏れしている存在感を、少しでも薄める為に息を潜める俺。
「犯人なら知っています!」
え?
声の主、盾石護梨を凝視する。
「一昨日と昨日、二日連続で窓ガラスを割った犯人は……」
待て。
まさか、俺が犯人とか言うんじゃないだろうな……。
盾石が立ち上がり俺を一瞥し、
「巨大ナメクジです!」
なんだ、そっちか。危ない危ない。
──っておい!
バカか、こいつ! 本当の事言ってどうするんだよ!
盾石はざわつく他のクラスメイトの視線なんか気にする様子もなく、昂然と胸を張っている。
先生の顔を見ろ。
明らかになんて返すか困ってるだろ。
初めて受け持つクラスだから一緒に成長していきたい、と入学式の日に奮起していた新任の小柄で可愛らしい先生が、今は迷子になってオドオドしている年下の女の子に見える。
たった数日でこんなハプニングに巻き込まれるとは想像もしていなかっただろう。
「一昨日も昨日も、教室の窓ガラスを割ったのは巨大ナメクジみたいなモンスターです!」
「た、盾石さん……。その話はね、昨日の朝も聞いたけど、こういう事はふざけずに真面目にお話ししましょうって言いましたよね……?」
どうやら、盾石は俺が躊躇した先生に真実を告げるという案を採用し、昨日の朝に一度先生に巨大ナメクジの話をしていたようだ。
「先生、昨日の放課後は私だけじゃありません。剣賀君も教室にいて巨大ナメクジを目撃しました!」
真っ直ぐな目で俺を見て、こちらを指差す盾石。
傍観者から渦中の人物へと昇格、いや降格した。
「え? 剣賀君も昨日は教室にいたんですか……?」
先生は俺を見て、小さな手を両胸に当てる。
「あ、いや、その〜え〜っと……」
どっちだ? この場合否定と肯定、どっちが正解だ?
ちょっと先生、助けを求めるような顔でこちらを見ないでください。
こいつには僕も手を焼いてるんですよ。
「今朝、いくつかの机に上履きの足跡が付いてましたよね? あれ剣賀君のです!」
「お前っ! ちょっ!」
しまった! 机と椅子を並べて、証拠隠滅は完璧だと思っていたのに……。
「剣賀君が机の上を走って、剣で巨大ナメクジに攻撃したんですけど、全くダメージが与えられなくて代わりに私が……」
「はい! 僕です! 僕がやりました! 昨日、教室で僕が盾石さんと一緒に勇者ごっこをしていて、度が過ぎて窓ガラスを割ってしまいました! すみませんでした!」
渦中の人物から犯人へと更に降格したが、ここは俺が犯人って事にして終わらせるしかない。
この様子だと「私は盾使い! 選ばれし者です!」なんて言いかねないからな。
咄嗟の判断を行動に移したのは我ながら立派だが、勇者ごっこはミスった。高校生の男女が放課後にする遊びじゃないだろ……。
「勇者ごっこ? あなたは何を言ってるんですか? 私はそんな事していません!」
「盾石さん、少し静かにしてもらってもいい? 先生! 巨大ナメクジなんて勿論いません! 窓ガラスの件、黙っていてすみませんでした!」
「ど……どういう事ですか? 二人して先生をからかってるんですか……?」
最悪だ。
変人盾石とグルだと思われてしまった。
変態剣士から変人剣士か。不服指数は横ばいだな。
「え? でも剛、昨日巨大ナメクジが出たって連絡してこなかった?」
マニルが何も考えずに、この状況を不利にする一言を放つ。
「あ……それは、昨日お風呂場に大きいナメクジが出たっていう、ただそれだけの事だから、うん……」
これはこれで本当の話だけどな。
ただ、これではしょうもないことを報告し合うような仲だと周りに勘違いされそうだ。
「なんだ、それだけ〜? わざわざ連絡してきたからもっと大切な話かと思ったのにな〜」
クラスの男子から殺気を感じる。ほらな。
「ちょっと! これじゃさっきから私が変な事言ってるみたいじゃないですか! 先生、本当です! 巨大ナメクジがいました! 今すぐ対策を立てないと学校生活に危機が訪れます!」
「え、危機? ちょ、ちょっと、盾石さんたちはさっきから何の話をしているんですか? 今は窓ガラスの件について話をしているんですよ……?」
「先生、盾石さんの言う事は気にしないで下さい! ただの妄言です!」
某小学生探偵の腕時計型麻酔銃が欲しい。
そしたら、今すぐ盾石を眠らせて保健室に連れて行くことができる。
多分疲れてたんですね、みたいな感じで話を無理矢理締めくくって、この場は無事解決だ。
そんな無謀なことを考えるくらい、この教室は今カオスなのである。
「ねぇねぇ! ナメクジってチョコバナナみたいなやつの事ー?」
「そうです! ほら先生! 魔軸さんも、こう言っています!」
「えっ! なんでお前もその姿を知ってるんだ?」
変人盾石一派に加わろとしたのは、意外な人物だった。
麻帆だ。
第三者はこのやりとりを見て意味が分からないだろうが、俺はそれ以上に意味が分からない。
なぜ麻帆が巨大ナメクジの見た目を知っている?
「昨日、ABILITIESでも聞いたのに! 皆に無視されたけど……」
皆と口にする時に、マニルと射奈を見る麻帆。
俺も無視をしていたのか、そのメッセージの記憶がない。後で確認してみよう。
「先生、これで分かってくれましたか? 巨大ナメクジの存在を!」
「いや、先生これはですね、色々事情があって巨大ナメクジっていうのは……」
「ナメクジはもういいです! いい加減にして下さい!」
あ……。顔を赤くした先生は両目に涙をためている。
「さっきから口を開けば、ナメクジナメクジナメクジ! 先生を馬鹿にしてるんですか……? 私は真面目に話しているのに、さっきからずっと……。なんで……なんで……。私がナメクジ苦手なの知っててからかってるんですか……。ぐすっ……」
先生が泣くとは思わなかったのか、盾石も反省した風な顔をして、
「えっと、先生……。ごめんなさい。そういうつもりじゃなくて──」
「俺も……すみませんでした」
この空気に耐えられないのか、周りの生徒は皆、下を向いている。
「うっ……結局誰が……誰が割ったんですか?」
俺と盾石は互いに顔を見て一息ついて、
「私達です……」
「僕達です……」
初めて俺と盾石が協力した瞬間だった。
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