16話
すぐに体を起こし、目の周りに付いた泡を手で拭う。
目の前には、大きな口を開けて二回目の奇襲攻撃を仕掛けようとする巨大ナメクジがいた。
「えぇぇ! ちょ……スパン短すぎるだろ!」
数時間前と同様に口を剣で塞ぐ。放課後より一回り小さいが、NBA選手並の上背はある。
右手に剣を握っていて良かったと初めて思った。
シャンプーしている右手で、運良く攻撃をガード出来ていなければ俺は終わっていた。
「お風呂でシャンプーしている時に、襲ってくるナメクジなんて聞いた事ねぇよ! ていうか、どこから入ったんだお前!」
自分で問いただして、ナメクジが体の大きさを自由自在に出来ることを思い出した。
俺のバッグにでもくっついて来たのか?
いや、そんなことより、これでは放課後と同じ状況だ。このままだと押し負けてしまう。
今日は両親が出かけていて俺一人、叫んでも誰も助けには来ない。
「くそっ……。考えろ、俺! この状況どうすればいい! 打撃が効かないナメクジ……ナメクジ……そうか!」
先刻、自分が検索したスマホの画面を思い出す。そこにあったナメクジの倒し方。
「熱湯だ! こいつに熱湯をかければダメージが与えられるかもしれない!」
巨大ナメクジの防御に手一杯の俺の足元には、幸運にもお湯が入った洗面器があった。
「くらえっ!」
足でそれを蹴飛ばし、微量の熱湯を巨大ナメクジに上手くヒットさせる。
「グオッ!」
よし、効いた! こいつの弱点はお湯で間違いない。
怯んだ瞬間に素早く回り込み、巨大ナメクジの背後にあるシャワーを最高温度に設定し背中めがけてノズルを回す。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「グオオオオオオオオオオオオ!」
咆哮を上げ、クネクネしている巨大ナメクジの体から黒い粘液がシャワーで流されていく。
「俺の家のお風呂がっ! 汚ぇ!」
得体の知れない黒い粘液で、お風呂場のタイルが覆われた。
親が帰って来るまでに掃除しないと……。
丸出しになった巨大ナメクジの黄色い体を見ると、首の後ろの辺りが赤く光っている。
「なんだこれ……」
同じように、剣の鍔の真ん中にある赤い石も同じ光を放った。
この赤い石、ただの飾りではなかったのか?
俺は瞬時に推測した。
「この剣であの部分を斬ればいい……のか?」
禍々しい力を剣から感じる。
これが何かは分からないが、考えている暇はない。今がチャンスだ。
剣を後ろに引き、赤い光めがけて一直線に右腕を伸ばす。
「とわっ! ちょっ! やべっ!」
勢いのあまり、粘液に足を取られて体勢を崩してしまう俺。
会心の一撃は、赤い光に剣先が掠る程度で終わった。
「ズオオオオオォォォォ!」
「え?」
排水溝に吸い込まれる様な音を発して、突如出現した薄紫の光と共にナメクジは消えていった。
「……よ……よっしゃぁ! た、倒したぞ!」
俺は自分の家のお風呂場で不格好ながらも、初めてのモンスター討伐を全裸で為し得た。
そう、モンスターの……。
これは流石に認めざるを得ない。剣の赤い光はいつの間にか収まっていた。
真っ暗な室内で、デスクライトの昼光色だけが俺の手元を照らし出す。
表紙にNo.5と書かれたキャンパスノートを俺は広げていた。
中学の時から作り始めた俺の秘密のノート。
俺が剣を持って生まれた理由、それに剣を抜く方法を自分なりに考えて、その仮説をまとめているものだ。といっても、立証には至らないような半端なものばかりだがな。
書いたのが俺でなければ、これは間違いなく黒歴史ノートだと勘違いされるだろう。
「やっぱりないか……」
モンスターに関して書かれている説を俺は探していたが、五冊の中には一つもそれらしきもを見つけられなかった。
不思議なことがある。
同級生たちの存在はすぐに受け入れたのに、なぜ俺はモンスターの存在を頑なに認めようとしなかったんだろうか。
この世の理に反するものに対しての理解力は、結構自信があったのにな……。
今思えば、盾石が言うように、あの巨大ナメクジはどう考えてもモンスターだ。
……というかモンスターと、剣が放った赤い光は一体何だったんだ?
「はぁ……色々と面倒くせぇな」
俺はデスクライトを消した後、剣に鞘を装着してベッドに入った。
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