13話 〜盾使いの少女は真面目過ぎる〜
「せ、煎餅女」
「人をそんな妖怪みたいな名前で呼ばないでください。クラスメイトの名前も覚えられないんですか? 私の名前は盾石護梨です」
勿論、名前なら覚えている。
お前の自己紹介の時、クラス中の男子が心の中でガッツポーズをするなか、俺はお前を睨んでいたんだからな。
「この巨大ナメクジなんだが俺もよく分からなくて……。とりあえず、ここは俺に任せてお前は早く逃げろ!」
「はぁ……本当に情けないですね。それは私の台詞です。あなたは私が守るので安心していいですよ。それが私の使命ですので」
盾石にツッコミを入れる余裕はなく、巨大ナメクジの力はより一層強くなる。
「ぐっ! 守るってお前──」
「私は盾使い! 今こそ力を解き放て! 神より授かりし髪飾りよ!」
「盾使い? 神より授かりし髪飾り……ダジャレかよ」
そう言った盾石は、ポニーテールから髪飾りを取り、それを左手首に巻いた。
解かれた黒髪が重力に従って垂直に地面に向かって真っ直ぐになり、それをたなびかせる。
「邪魔です、どいてください!」
思わずその仕草に見惚れた刹那、盾石に制服の襟を掴まれ後ろに投げられた。
「いてっ!」
「そこで剣先でもくわえて見といてください、私の戦いぶりを」
光を放った髪飾りは、盾へと形を変えた。俺の剣と同じくらいの大きさだ。
盾使いというのは本当みたいだな。麻帆や射奈と同じで、自分の意思で武器を扱えるタイプのようだ。どうして俺は進学する度に、こういう奴に出会うのだろうか……。
「そいつ、牙があるから気をつけろよ!」
「私には関係ありません」
盾石は澄ました顔をして、左腕一本で巨大ナメクジの攻撃を完全に防いでいた。
「あの攻撃を片手で? なんて馬鹿力だ」
「違いますから! これは私の盾の能力です。この盾はどんな衝撃でも完全に力を吸収して防ぐんです。勘違いしないで下さい!」
「力を吸収? すごいな、その盾」
これは期待できる。俺は立ち上がって勝利を確信した。
「そうです。この盾はすごいんです。ここからが本番ですよ!」
盾石が後ろに下がって、盾を引く。
「はぁぁぁぁ! シールド……キーック!」
盾石は助走をつけたジャンプから、華麗な後ろ回し蹴りを巨大ナメクジの顔にヒットさせた。
……………………。
「いや、盾どこにいったんだよ!」
「何か文句ありますか?」
盾石は鮮やかに着地して、俺を一瞥する。
「ただのキックだろ、それ! せめて、シールドパンチじゃないのかよ」
案の定、巨大ナメクジにダメージはない。こいつに痛覚というものがあるのかすら疑問だが。
「馬鹿なんですか? 衝撃を全て吸収するんですよ? 盾でパンチしてもダメージ与えられるわけないじゃないですか!」
「いや、そうだけど。そういうことじゃなくて……」
「口を噤んで、私の勇姿をその腐った目にしかと焼き付けてください」
ここまで意味のない戦いというのはあるのだろうか。盾石は、巨大ナメクジのボディに華麗にキックを入れては、ガードし、キックを入れては、ガードし、というのを繰り返している。
負けることはなさそうだが、勝つこともなさそうだ。
「おい! いったん退くぞ!」
俺は盾石の制服の襟を掴んで、後ろに引っ張った。
別にさっきの仕返しがしたかったわけではない。
「ちょっと! 何するんですか!」
盾で思い切り顔面を殴られたが、本当だ、全く痛くない。
「このままだと埒が明かないだろ! 一回作戦を立てよう!」
「嫌です! あなたなんかと協力しなくたって、あれくらいの雑魚モンスターは私一人で倒せます!」
俺はまけじと言い返す。
「攻撃防ぐだけで、どうやって倒すんだよ。さっきからやってるシールドキックとかいう名前負けの攻撃じゃ意味ないんだよ!」
「あ、あなた最低ですね! 知らないんですか? それ、剣士が盾使いに絶対言っちゃいけない言葉ですよ? まぁでもいいです、使命を果たせただけ。どこぞの剣士さんは攻撃も効かないし、防御もろくに出来ないし、とんだピエロだったので」
「攻撃って……お前どこくらいから見てたんだよ!」
「『冥土の土産に〜』くらいからですかね?」
盾石が、自分は悪くないといった顔でそっぽを向く。
よりにもよって一番見られたくない人間に見られてしまった。
穴があったら入りたい、なかったら一生懸命掘るから入りたい。
「なら、さっさと助けにこいよ! なにこっそり見てんだよ!」
「あれだけ格好つけられたら、流石に私も恥ずかしくて行けませんよ。あ、心配しなくても誰かに言いふらすような趣味は私にはありませんので」
神様、どうしてこんな性悪女を美少女にしたんですか?
「……って、こんな事してる場合じゃない!」
盾石との口論で、対戦相手の存在を完全に忘れていた俺は急いで窓の方を振り返る。
そこに巨大ナメクジの姿はなかった──。
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