14話

「き、消えた?」

「あなたのせいで、また逃げられてしまったじゃないですか!」


 盾が髪飾りのアクセサリーに戻る。


「また? お前初めてじゃないのか……?」

「二回目ですけど」


 髪飾りを口にくわえて、盾石が後ろ髪をポニーテールにしようとしている。


「昨日、もしかして一度戦ったのか?」

「夜、学校の周りをパトロール……じゃなくてランニングしていたら、正門から出てきたんで」


 完全にパトロールって言ってたけど、なに、警備会社でアルバイトでもしてんの?


「なんというか、お前暇なんだな……」

「あなたと一緒にしないで下さい。私は使命を持って行動してるんです!」


 髪を結ってポニーテーールが完成した盾石は、近くの椅子に座って服の汚れを手で払う。

 マニルと同じくらい、クラスの男子から人気があるのが分かってしまうのが悔しい。


「それで? 昨日の戦いはどうやって決着がついたんだ?」

「逃げられました……」

「……ぷ」

「何ですか? 何か言いたい事があるならどうぞ!」

「いやいや。逃げられたって、あんなに大きい体だったらすぐに追いつけるだろ?」

「はぁ……全く。あの巨大ナメクジは体の大きさを自由自在に変えられるんです。昨日は目に見えないほど小さくなって逃げて行きました」


 ナメクジっていうのは塩をかけないと小さくならないんじゃないのか? あいつを駆除するためには、まず生態から解明する必要がありそうだ。


「そもそも、あのナメクジはなんなんだよ。お前はなにか知ってるのか?」

「え? なにって、ただのモンスターですよ」

「モンスターって……俺はその、比喩表現を聞いているわけではなくてだな」


 あと、ただの、っておかしいだろ。

 そういえばナメクジと戦ってる時、雑魚モンスターなら私一人で、とか言ってたな……。


「モンスターみたいな生き物ってことではなくて、モンスターそのものって意味で言ったんですよ? 国語が苦手なんですか?」

「いや、さっきから何言ってるんだよ」

「私も見たのは昨日が初めてですが、あれは誰がどう見てもモンスターじゃないですか。それ以外に考えられません!」


 何でちょっとテンション上がってるんだよ。盾石と俺の考え方は、色々と根本的に違うらしい。俺以外にも生まれながらに不思議な能力を持っている人間がいる、その事実を俺は疑ってはいない。ただ、モンスターは例外だ。


 モンスターなんて、この世にいるわけがない。


「……まぁいい。それより、お前も生まれつき能力を持っているタイプの人間だったんだな」

「気付いてなかったんですか? 鈍いですね。私は動亜さん、魔軸さん、弓屋さんが能力を持っているということも知っていますよ」

「お前…………俺たちのストーカーなの?」

「違いますよ! 今朝から、あなたの行動を観察していたので気付いただけです」


 それは立派なストーカーです。国語が苦手なのはあなたです。


「夜はランニングという名のパトロール、朝は監視という名のストーカーか。初日の変な絡み方といい、お前モテないだろ?」


 テレビやネットで色々なことを憶測で言われてきたせいか、俺は普通の人よりはデリカシーがある。


 会って間もない女子に、こんな失礼なことは言わない。


 今回は例外だ。相手から先に失礼な態度で接してきたし、防御力の高い盾使いだから何を言われても平気だろう。


「……あなたと、ここでくだらない話をするつもりはありません。私は使命を全うするために日々行動しているだけです」


 図星だったようだ。若干の間がそれを物語っている。

 話を逸らすということは、盾石は多少なり気にしているのだろうか。

 俺は俺で盾石のある言葉が、さっきからずっと気になっている。


「ちょっといいか? さっきから言ってる『使命』って何?」

「使命ですか? 使命というのは……」

「言葉の意味は聞いてないからな?」

「あなたと一緒にしないでください。私の使命とは何か知りたいんですよね? そこまで言うなら教えてあげてもいいです。あれは私が小さかった頃……」


 そこまでは言ってないのに、盾石は自分の武勇伝を語りだした。

 話を簡単にまとめるとこうだ。


 幼稚園児だった頃、ある日トラックに轢かれそうになった同級生を助けようと飛び込んだことがあった。その時、盾石の左腕に大きな盾が現れ、二人の命を守ってくれた。

 その事故で自身の特別な能力に気付き、選ばれし者としての使命を意識するようになった。

 それからは毎日、盾使いとして世界を守るため特訓の日々。


 選ばれし者だの、使命だの、俺たち四人とは志が全くもって違うというわけだ。


「なるほど、使命ね。俺はそんなの全くないな。右手から剣を抜きたいっていうモチベーションは凄まじくあるけど」

「あなたは、テレビで『困ってる人を助けないと気が済まないんです』ってよく言ってませんでしたか? 十年ほど前の剣のおもちゃのCMでも『僕と一緒に世界を救おう!』って」

「そんな昔のCMまで、よく覚えてるな……」


 俺の黒歴史だ。当時の俺はどんな気持ちで言っていたのだろうか……。


「あれは本心ではなかったんですか?」

「そんなわけないだろ。俺がメディアで発言している内容は、全部勇者くんのキャラに従ったものだ。本心を言うなら、困ってる人を助けなくてもなにも思わないし、世界を救おうなんていう怪しい勧誘をするつもりもない。炎上して面倒なことになるから、表では絶対言わないけどな」


 間違ったことは言っていない。なぜなら、俺はただの高校生だ。

 物語の中の勇者みたいに生きる必要はない。誰だって一番可愛いのは自分なはずだ。

 だからこそ、自分を犠牲に戦うことを強いられる勇者という言葉が嫌いだ。

 俺が考えてるのは常に自分のこと。右手の剣を抜いて、平穏な生活を送ること。


「良いライバルになれると思っていたのに……残念です」


 盾石はそう言い残すと、自分のバッグを取り教室から出て行った。


「ライバルってなんだよ……」


 一人残って、机や椅子を所定の位置にきちんと戻す。

 窓ガラスが割れた箇所から、春風が吹き込んでくる。


 明日は今日よりも面倒なことになりそうだ。

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