11話

 放課後の教室には春の夕日が差し込み、黒板の左半分を茜色に染めている。


 透過させている修復済みの窓ガラスは、やけに透明で今朝起きたことをかえってリフレインさせているように感じた。

 外から聞こえてくる運動部の掛け声は、規則的で聞き心地がいい。

 これを録音した青春のBGMという名のプレイリストは、サブスク音楽配信サービスにあるのだろうか? あったらいいな。

 なんてことを考えている俺は絶賛土下座中である。


「ちょっと! 剛くん、やめてください! 別に全く気にしてないですから!」

「いや、これは俺の自己満足だ。あ、別にMって意味じゃないからな」


 教室には俺と射奈だけが残っている。

 推理劇の後の残り時間では食堂に行けず、謝罪をきちんとすることが出来なかったので残ってもらったのだ。


「私も私で、自分が犯人なのかもって思ってたので……。それに、別に剛くんが私を責めるつもりで言ったわけじゃないっていうのも分かってますし……」

「確かに俺は自分の経験と照らし合わせ、客観的事実を踏まえたうえで、論理的に考えて射奈を犯人と思ったわけだが、結果として悲しませてしまって本当に申し訳なかった!」

「……剛くん、それ本当に悪いと思ってますか?」


 普段は穏やかな射奈の口調が冷ややかになり、やめようとしていた土下座を続行する俺。


「っていうのは嘘でだな……」

「ふふっ、嘘です! もう本当に気にしてませんから。私がまた泣いてしまったから、罪悪感があったんですよね? それくらい分かりますよ」


 俺、いや俺たちは中学生の時、射奈を泣かせてしまったことがある。


 俺とマニルと麻帆は同じ小学校から、同じ中学校に進学した。

 それは本当に偶々なんだが、同じ高校に特殊な力を持った四人で通っている現在も加味して考えると「運命」とかそんなくさい言葉が頭をよぎる。まぁそんなわけないんだけどな。


 俺が初めて射奈を認識したのは、中学一年生の夏、弓道の全国大会決勝だった。


 スポーツが総じて弱かった俺たちの中学は、生徒が全国大会に出場するという事実だけで盛り上がり、ましてや選手が中学一年生ともあれば、それはそれは大ニュースだった。

 生徒総出で応援に行き、そこで俺たちは射奈の類稀なる弓道センスを垣間見ることとなる。

 射奈は半醒半睡の状態で、全ての的のど真ん中を射抜いたのだ。

 後日談によると、期待されすぎて緊張で眠れなかったのが原因らしい。

 翌日、地元のスポーツ紙では「眠れる弓の美女」という大層なキャッチコピーが付いた。

 勇者くんこと俺と同じ学校ということもあり、そのままテレビ局の取材も一緒に受けた。


 絶対、俺いらないよね?


 数日後、俺はマニルと麻帆に連れられ、三人で射奈の自宅に突撃インタビューを敢行した。

 俺たちの能力のことを話す前に、マニルと麻帆があれこれ質問をしたせいで、自分の力がバレると思った射奈は大泣きした。

 そりゃそうだ。普通に考えて得体の知れない同級生が訪ねてきて、根掘り葉掘り能力について聞いてきたら怖すぎる。

 そういう出会いを経て、現在はこうして四人だけでお互いの秘密を共有している。

 まぁ勇者くんとしてすでに世に知られている俺には秘密なんてないけどな。ふん、皮肉さ。


「まぁ、射奈が気にしてないっていうなら……」

「剛くんがアドバイスをくれたおかげで、今こうやってスポーツ推薦をもらって高校に通うことが出来ています。実はとても……感謝してるんです」


 射奈の家は少し貧しく、学費が免除される特待生として高校に入学した。


「たいしたアドバイスした覚えないけど……」

「とにかく顔をあげて下さい。いつまで、そうしてるんですか? 本当はMなんですか?」


 射奈はクスっと笑い、俺の前で屈んで、手を差し伸べてきた。

 制服の袖口から柔軟剤の良い香りがしてくる。

 土下座を解除し、顔を上げる俺。

 そして、


「白……」

「え? きゃっ!」


 急いで立ち上がった射奈は、顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。


「……い雲は今日も綺麗だよな」

「白い雲なんてないじゃないですか……」


 誤魔化そうと窓際へと視線を向けたが、夕焼けがそれを拒否した。


「私、部活に行きますね。……失礼します」


 弁解の余地なく、射奈はその場から逃げるようにして教室を出た。

 追いかけることも出来たが、俺は引き際が大事だということも知っている。

 うん、明日また謝ろう。


「俺も帰るか」


 机の横にかけていた通学バッグを取り、教室の後方にある扉に手をかけた。

 その瞬間、


 パリンッ!


 窓ガラスの割れる音がした。

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