10話 〜弓使いの少女は度胸が無さ過ぎる〜
射奈の弓は麻帆と同じで、使用する時にだけ弓として現れる。
麻帆と同じ理由で普段はブレスレットに形を変えている。このシルバーの弓で照準を定めると、放たれたものは百発百中でターゲットに当たる。弓道部員としてはチート能力だ。
ターゲットは一度見たもの、またターゲットのいる場所が分かっていれば大丈夫らしい。
「弓道場から教室まで、誰かに矢を見られたりしてないのか? 結構距離あったぞ?」
「大丈夫です! 矢は空高くまで一度上がって、そこから教室に入っていったので」
物理法則を完全に無視しているが、そんなことで驚いたりはしない。
「なるほど。この学校の都市伝説に『空飛ぶ紙の矢』が加わらないことを祈っておくよ……」
「皆でごはん食べたくて剛も呼んだんだけど、その前に射奈から話があるんだって」
マニルが射奈の袖を、軽く引っ張り横に座るように促す。
「あ、はい。実は今朝の件で皆さんに聞きたいことがあったんです」
正座した射奈は自分の弓を見ながら、ばつが悪そうに話を切り出した。
俺も近くで胡坐をかく。
「あぁ、それか。俺も話したかったんだよ」
「今朝? なんの話ー?」
麻帆がマニルの肩を揺すっている。
反対側の肩にいるジャムが、振り落とされまいと必死にしがみつく。
「朝、剛が不良の人に連れて行かれちゃってさ〜」
「なんだ! そのことね! 射奈、大丈夫だよ! 私が退治したからね!」
「なんで射奈がそんなこと気にするんだよ。じゃなくて、教室の窓ガラスの話だろ?」
今朝、俺たちの教室の窓ガラスが割られていた。
学校生活のなかで、それくらいのことは十分おこりうる。
教室でのおふざけの度が過ぎたり、運動部のなにかしらの球が飛んできたり、不良が意図的に割ったり、いくらでも要因はあるからな。
ただ今回は、そのどれでもないと俺は確信している。
「そうです……。先生から朝礼で詳しい話を聞いた時、少しおかしいと思いませんでしたか?」
「うーん。入学式の翌日に、割られるなんて珍しいって思ったくらいかな」
髪をくるくるといじりながら答えるマニル。
麻帆は考えてるのか、考えてないのか曖昧な顔をして腕を組んでいる。
「射奈は何がおかしいと思ったんだ?」
俺も不可解な点には気付いているが、一応射奈の意見も聞いておきたい。
「先生が昨日の夜、教室の鍵を閉めた時は窓ガラスは割られていなかったんですよね? それで今朝、教室の鍵を開けた時に窓ガラスが割られていた、これで合ってますよね?」
「そうだな」
「普通に考えたら、何かモノが飛んできたとかだと思うんですけど、教室の中にはなにも落ちてなかったそうです……。これっておかしいですよね?」
「あ! 分かった! 今朝、剛に絡んでいた不良が金属バットで割ったんだよ!」
「おい、教室は三階だぞ? それ、ジャンプ力どうなってんだよ」
麻帆がようやく口を開いたかと思えば、すぐに脳内候補から除外するような解答をした。
想像してみたら、ちょっと面白いけど。
「む〜。あ! じゃあ掃除用具箱に隠れてて、誰もいなくなった時に金属バットで……」
「ガラスの破片は全部、教室の中に散らばってたんだぞ? なら外にも落ちてるだろうし、不良は教室の鍵が開くまでずっと掃除用具箱にまた隠れていたことになる。ありえないだろ」
「だめだーっ! 射奈にパス!」
麻帆はそのまま後ろに倒れ込み、大の字になる。
だから、パンツが見えそうなんだって。
「あ、はい。でも私も分からないんです。だから、怖くなって相談しようと……」
なるほど、やっぱりそういうことか。
「なら俺の推理を聞いてくれ。実をいうと俺は犯人の目星がついている──」
「「「え?」」」
三人が声を合わせて、俺を見る。
「犯人は……射奈、お前だ!」
「え! わ、私ですか?」
射奈は顔面蒼白になり、動揺した態度を見せる。
「犯人は犯行現場にもどる、それは俺が刑事ドラマで学んだ知識だ。同じように、自ら事件を通報したり、犯人は誰なのかと切り出したり、積極的に介入、協力してくることによって、自分を犯人候補から除外する。同時に事件の進捗状況を把握することによって心理的な安心を得ようとする。射奈、お前がこの話を切り出した時点で俺の中ではお前が黒だったんだ」
立ち上がり、鞘を射奈に向ける俺。
「剛、ひどいよ! 射奈はそんなことしないもん! ね? 射奈」
「やっぱり犯人は私なんですね……。麻帆ちゃん、かばってくれてありがとうございます。けど、裏切ってしまってごめんなさい」
俯いた射奈は、麻帆の小さな手を弱々しく握った。
「お前も、自分がやったかもしれないと不安になって話したんだろ?」
「剛くんは、なんでもお見通しなんですね。……その通りです。実は昨日、たまたま部屋の窓を開けて寝てしまったんです。それで寝てる間に無意識で、なにかしらのモノを教室に飛ばしてしまったんじゃないかと思って……」
これは射奈が自主的にやったことではない。
寝相の一種だろう。一日前、夜中に制服を斬った俺だからこそすぐに気付くことができた。
鍵の閉まった教室で窓ガラスが割られ、破片は中に散らばっていた。
射奈の言った通り、外から飛んできたモノで割れたと考えるのが普通だ。
ただ、それられしきものは床の上に確認されなかった。
俺の推理はこうだ。
「射奈の飛ばしたものは物理法則を無視してターゲットまで飛んでいくだろ? 窓ガラスを割ったモノは床ではなく誰かの机の引き出しに入ったんだ。だから、見つからなかった。机に入るくらいの大きさで、入っていても人が大して気にも留めないようなものだろう。射奈が寝ぼけて飛ばしたものは、ずばり『文房具』だ!」
文房具なら引き出しの中で見つけたとしても、大騒ぎになるようなことはない。
付近の人間に軽く聞く程度だろう。
「うっ……うっ! わ、私、今までこの力で人に迷惑かけたことなかったのに……うっ……うえぇぇぇん!」
「あー、剛が射奈を泣かせたーっ!」
俺の推理の途中から目を潤ませていた射奈は、滂沱の涙を流した。
やってしまった……。
「いやっ、ごめん! 俺は別に断罪したかったわけじゃなくて……。その、射奈の不安を少しでも取り除いてあげようと思って……。なんというか俺が悪かった! 悪いのは全部、俺だから! 窓ガラスの件も、なんだかんだで俺が悪い! 俺が先生に謝るから!」
自分でも意味不明な話の終着点で射奈をなだめるが、泣き止む気配はない。
困った。
なぜ男というのは、女の涙にここまで弱いのだろうか……。
「思ったんだけどさ、多分、射奈じゃないと思うよ〜?」
熟考していた様子のマニルが口を開く。
「どういうことだ?」
「割れた後の窓ガラス見たよね? 引き出しに入るような文房具じゃ、あんなに割れないと思わない? 大きいものは射奈の弓じゃ飛ばせないだろうしさ」
「あ……」
盲点だった。
確かに窓ガラスの割れた部分は、NFLのアメフト選手が本気でタックルをしたくらいの面積だった。
射奈が家から飛ばせるモノで、あそこまで盛大に割れるわけがない。
誰だ、射奈が犯人だなんてふざけたことを抜かしたやつは。
じーーーーーーっ。
「……御三方、今日の昼食は私にご馳走させてください」
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