3話

 職員室で担任の先生に銃刀法認可証を提出して、世間話をしている間に入学式は終了した。


 忘れていたが、小学校も中学校もそうだった。


 自己紹介も済んでないまま入学式に出たらパニックになるのは目に見えているからな。

 他のクラスメイトが教室に戻って、ホームルームが始まる時に先生と一緒に教室に入るという流れだ。朝急いで来る必要なかったよな。

 何で入学式の日に、転校生みたいな登場の仕方をしないといけないんだ。

 余計に目立つだろ。右手の剣を見て、ため息をつく俺。


「剣賀くんと同じ中学の人も何人かクラスにいるみたいだから、そんなに緊張しなくて大丈夫だと思いますよ?」

「あ〜そうなんですか……。はい、頑張ります」


 また同じクラスなのか。別にいいけど。

 一緒に廊下を歩く小柄で可愛らしい担任の先生が、悲壮感漂う俺を笑顔で鼓舞してくれる。

 まぁ学校全体が騒ぐのは最初の一週間くらいだ。

 そのうち、俺がいることにも慣れて、だる絡みはなくなるだろう。


「ここが剣賀君のクラスです! じゃあ元気よくいきましょうね!」

「ちょっと待ってください! 先生に呼ばれたら入る感じですか? それとも先生と一緒に中に入る……」


 ガラガラッ。


「おはようございまーす!」

「な! え? ちょ!」


 なえちょ、という情けない台詞を言い切る前に先生が教室の扉を開けて入って行った。

 クラスメイトの視線は先生ではなく、開かれた扉の寸前で立ち尽くす俺へと注がれた。


「あーーーー! 勇者くんだ!」

「うぉぉぉ! すげぇ! 同じ学校なのかよ!」


 クラスの男女からの歓声が上がる。

 黄色い歓声なら、まだ少しは良い気分になったかもしれないが、その色は確認出来なかった。


「し、失礼します!」


 頑張れ、俺。

 それゆけ、剣賀剛!


「皆さん、入学式お疲れ様です。今からこのクラスの初めてのホームルームを行いますが、その前にもう一人のクラスメイトを紹介します。ほら! 剣賀君!」

「初めまして。剣賀剛と言います。これからよろしくお願いします!」


 シンプルな自己紹介で無難に済ませる。詳細はWEBでどうぞ。

 パチパチパチパチパチ!

 クラスの皆から拍手を送られる。とりあえず滑り出しは順調だ。


「ちょっと、すみません! 腕前を見せてもらってもいいですか?」

 

 皆の拍手の中、場を切り裂いた空気の読めない質問。その声の主は今朝の煎餅女だった。

 挙手をして真剣な表情で俺を見る。同じクラスなのかよ、最悪だわ。

 後、なんて言った? 腕前? 何だよ、腕前って……。

 何目線で見たら、そんなワードが出てくるんだ。

 剣の師範代かなんかですか?


「えーっと……腕前って言われても、ちょっと」

「おぉー! 何か見せてくれるのか?」

「剣捌きとか⁈」


 頑張って笑顔を作り、断ろうとするとクラスの男子から謎の拍手が起きた。

 サーカスに出るとこういう気分なのだろうか……。

 こうやって期待されると柄にもなく、なにかしらのパフォーマンスを披露したくなる。

 それにこういう空気になると断る方が下策だ。

 フッ、まぁそんなに見たいなら見せてやるよ。生まれた時から剣を持っているんだ。

 自分の手足のように自由自在に動かす事なんて造作もない。


「じゃあ、剣で空中に自分の名前を書きます」


 鞘から剣を取り出し、蛍光灯で銀色の刃がキラリと光る。


「では……いきますっ!」


 尻文字ならぬ剣文字を高速居合抜きで披露して、クラス中から再び拍手が起こる。

 どうだ、これが俺の腕前だ!

 煎餅女はというと、またしても大きなため息をついて残念そうな顔で頬杖をつきやがった。

 『やれやれ全く』というスタンプを作るなら、イラストは今のこいつで決まりだ。


「以上です!」


 拍手で少し気分の良くなった俺は、剣を背中へと豪快にしまう動作をして、パフォーマンスの最後を飾った。

 ら……剣が修復していた背中とズボンの粗い縫い目に当たり、

 

 ハラッ! ハラッ!


 ジャケットは真っ二つになって下に落ち、ズボンは縫い目が切れてずり落ち、俺はカッターシャツにパンツという出立ちになった。


「…………」


 一瞬にして静まり返る教室。

 ──な、なにか気の利いた一言を言わなければ!


「イ……イリュージョン!」


「……きゃぁぁぁぁぁーっ!」

「はっはっはっはっ!」


 悲鳴を上げる女子、笑い声を上げる男子。

 束の間のサーカスは大失敗に終わった。

 さようなら……俺の平穏な高校生活。

 

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