1話
入学式当日、制服の絶命から一時間後。
朝ごはんを必ず食べるタイプの俺は、納豆ごはんを急いでかき込み、一休みする間もなく最寄駅まで全力疾走、なんとか目当ての快速急行に乗り込んだ。
高校は家から少し遠くの学校を選んだので、新生活は電車通学だ。
別に高校デビューがしたくて、知り合いの少ない学校にしたわけではない。何人かいる中学の友達がそこに行くというので、まぁ俺もそこでいいか、ぐらいの温度感で決めた。
昨夜は装着し忘れていたが、お風呂の時以外は剣に特注の鞘を装着しているので、満員電車でも周りに危険はない。
「ねぇねぇ、あの人見てよ。あの人ってネットでよく見る勇者くんだよね?」
「あっ本当だ! 生で初めて見た! 画面で見るより結構大きいんだね、あの剣!」
「てか、あの制服同じ学校じゃない? こっそりスマホで写真撮ってもいいかな?」
「あ、後で私にも送って〜!」
少し離れた場所に座っている女子高生二人が、ひそひそ話をしている。いや、ひそひそ話をしている風にお互いの耳元で喋っているだけで、俺に丸聞こえだからひそひそ話じゃないな。
「あの……良かったら一緒に写真映りますけど」
俺は二人組の前に移動し、出来るだけ笑顔を作って話しかけた。
「え! いいんですか? やった〜! 後でSNSにも上げていい?」
「てか同じ一年だよね? 後で連絡先教えてよ!」
話が聞かれていたことに驚いた素振りは微塵もなく、無垢な笑顔をこちらに返す二人組。
顔はかなり可愛い。タイプではないけど。
「電車の中だと他の人もいるから降りてからでもいい? 連絡先はゴメン! 今日スマホ家に忘れてしまったんだよね。SNSは別に全然問題ないから大丈夫」
「そっか! じゃあ降りたら一緒に写真撮ろうね!」
そこから電車を降りるまで、俺はこれまでの人生で散々されてきた同じ質問に一つ一つ丁寧に答えた。
「いくよっ、はいチーズ!」
パシャ!
右手の剣を肩に乗せた俺を真ん中に、左右から女子高生が身を寄せてきて仲良し三人組みたいな構図の写真を数枚撮った。
「それじゃ、私たちコンビニに寄るから! また今度ね!」
二人組は小走りで駅のホームを降りて行く。
「よし、やっと行ってくれたか……」
俺はさっきまでの作り笑顔から一転して、通常運転の覇気のない顔に戻る。
ポケットに入っていたスマホを取り出し、時間を確認した。
さっきスマホを忘れたと言ったのは嘘だ。あんな感じで連絡先を毎回交換していたら、俺のスマホの容量はそれだけでオーバーヒートしてしまう。見る専のSNSアプリを開き検索する。
#勇者くん
『さっき全力疾走する勇者くん見た!』
『勇者くんと同じ電車なう。本当に剣持ってて草』
『女子高生と勇者くんが仲良く話してた……。剣持ってるとモテるのか。羨ましいな』
『満員電車だと、あの剣邪魔になりそうだな笑』
ハッシュタグ検索でヒットした投稿が、無数に出てくる。
エゴサーチするのは俺の日課だ。
「勇者くん」というのは俺のことで、世間につけられた俺の愛称である。
俺は生まれた時から右手に剣を持っていた。
その事実は当然看過されるはずもなく、世界中のメディアに報道された。
どこぞの研究施設に隔離され身体中を調べられるよりはマシだったかもしれないが、そのせいで俺は生まれた頃から有名人だった。
海外での愛称は「ブレイブジュニア」だ。
俺はテレビで特集が組まれたり、玩具メーカーのCMに起用されたり、写真集が発売されたり、お昼のバラエティにゲスト出演したりと、とにかく勇者くんという愛称を全国に知らしめていった。物心もついてなかった俺は、当然今後の自分の行く末など考えることもなく、連日テレビに出演し続けた。
まぁ両親の懐は潤ったので、早めの親孝行は出来たけどな。
今ではテレビの出演こそしなくなったが、ネットが普及した昨今では俺の情報はすぐに拡散され、動画配信サイト、SNS投稿、ネットニュースでは勇者くんはまだまだ現役である。
普通の芸能人と違い変装しても意味がないのが致命的だ。
右手の剣なんて隠しようがない。
憧れの平穏な生活を手に入れるためには、この右手の剣を抜くしか方法はないというわけだ。
先ほどの女子高生二人の投稿を見つけた。
『勇者くんと同じ学校だった! まじやばい! 写真も一緒に撮ってくれた!』
普段の俺は写真を頼まれたら撮るくらいのスタンスで、自分から声をかけたりはしない。
これからの学校生活を平穏に送るために、ポイント稼ぎをしただけだ。
それに隠し撮りされて校内に広がるよりは一緒に写った方が心証がいいだろ?
あの二人が可愛かったから、一緒に写真を撮ったわけではないからな。
「……まぁ登校初日の記念として」
〈画像を写真フォルダに保存しました〉
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