「勇者」という言葉が嫌いだ
悠作
プロローグ 〜剣士の俺は不遇すぎる〜
「おい、嘘だろ……嘘だよな? しっかりしろ、くそっ!」
四月十日、今日は高校の入学式。
新しい生活が始まる心躍る日、俺はそんな日の朝から心沈んでいる。
なぜなら、
「返事をするんだ……俺の制服!」
新品であるブレザーとズボンが、縦の中心を境として右と左に綺麗に二分され、絶命していたのだ。
予期せぬハプニングで脳は覚醒。推理するんだ、俺。
いつも寝る時には基本的に自分の部屋に鍵をかける。
鍵をかける具体的な理由は、ここでは割愛しよう。
あえて触れるなら思春期だからだ。
その鍵は室内からしか出来ない仕組みで、今現在もしっかりロックされてある。
寝た時間は真夜中、そして最後に目撃した制服は無事だった。
つまり、これは一夜の内に起きた密室での犯行ということになる。
この鍵に触れることなく、部屋の中で制服に危害を加えた人物……。
そんな芸当が可能なのはただ一人。
そう、この俺だ。
「何やってんだよ! 俺のバカ! くそっ!」
無意味な一人探偵ごっこで、余計に自責の念に駆られる朝。
二重人格の持ち主が、もう一人の自分に怒ったわけではない。
これは歴とした俺自身の行動である。
ここ数日、俺はストレスで十分な睡眠を取れていなかった。
高校生活という新しい環境が憂鬱だったからだ。
昨夜、俺は連日の積み重なった眠気に襲われ、混濁する意識の中で新品の制服をベッドの右下に置いた。
そう、これがいけなかった。
俺のベッドの右下には多数の引っ掻き傷がある。
我が家の愛犬が「ここ掘れワンワン」でつけた傷ではない。
尻尾を振る犬がつけたような可愛らしいものではなく、いうなれば腹を空かせたグリズリーが床下の食物庫を狙って爪で抉った様な感じだ。
そしてこの傷の犯人も無論、俺である。
といっても満月の日に俺が狼男に豹変し、俺の中の人間対野獣という自我のせめぎあいの際に出来た傷でも勿論ない。俺の右手がつけた剣痕だ。
つまり、俺は寝ている間に自らの剣で己の制服を裁断したということだ。
すまない、マイブレザー……。
右手の剣。
それは俺という人間を語る上で欠かすことの出来ないものである。
俺は生まれた時から右手に剣を握っていた。
厳密に言えば、握っていたというより握られていた。
この現代日本、いや世界中を含めても剣を握りしめた状態で生まれてきたのは俺だけだ。
母の出産直後、俺の剣を見た助産師達は腰を抜かし、そこにいた大人全員で『大きなカブ』のように赤子である俺の手から剣を抜こうとしたが抜けなかったらしい。
父がその時の様子をビデオカメラで撮影していたので、いつの日か見せてもらったが、出産の時は笑顔だった助産師の人達が、俺の剣を抜く時は親の仇なのかってくらい鬼の形相で剣を抜こうとしていて申し訳ない気分になったのを覚えている。
その時の俺の剣の長さは小さじスプーンくらいだったようだが、俺の身長と一緒に剣も伸びて、今では給食用しゃもじくらいの長さで安定している。
銀色の刃に金色の鍔、鍔の真ん中には赤い宝石の様な物が埋まっている。
俺を産んだ母は最初こそ剣に戸惑っていたらしいが、今では俺に段ボールの解体をさせたり、大きな魚を捌かさせたりとカッターか包丁くらいにしか思っていない。
父は父で「いつでも女の子を守ってあげられるな!」と護身用のナイフくらいにしか思っていない。
ナイフといえば、剣を所持していると日本では銃刀法違反の罪に問われる為、警察から特別に発行された銃刀法認可証シールというものを右手の剣の底に常に貼っている。
病院で何度も精密検査を行ったが、剣を握っていること以外に異常は全くなかった。
何で俺が剣を持って生まれたのか、その理由は未だに分からない。
そんな俺の夢は「右手の剣を抜いて平穏な生活を手に入れる」ということだ。
※ ※ ※ ※
ドニカナル王国の遥か天空には、一人の年老いた神様が暮らしている。
「召喚する勇者は五人。それは間違いない。ただ召喚魔法陣はこんな形だったかの……」
自慢の白いアゴ髭を手で伸縮させながら、神様は熟考していた。
召喚魔法陣のデザインに、かれこれ一時間は苦戦している。
この神様、もとは数千年前の魔王封印に成功した初代勇者である。
彼は功績を讃えられ、ドニカナル王国に等身大の銅像が建てられた。
当時から今日まで、銅像には国民の祈りが日々捧げられ、その想いがこうして亡き勇者を天界で神様たらしめている。
「そもそも、魔王がしつこすぎるんじゃ! 千年毎に勇者を召喚するワシの心労を少しは考えて欲しいわい!」
魔王の封印は千年しか効力がなく、その度に神様は五人の勇者を下界の王国に召喚している。
剣士、盾使い、動物使い、魔法使い、弓使い。
五人の勇者は魔王が復活する十五年前に、下界で普通の人間と同じように母胎から赤子として生まれてくる。能力を授かった状態で生まれてくるのが勇者の特徴だ。
魔王と戦う十五歳の年齢になるまで、勇者達は国の英才教育を受ける。
国家の歴史、モンスターの種類、アイテムの採取、合成方法の座学。
歴代勇者から得た戦法、スキルを使った実践。それとは別に個人個人の鍛錬も毎日行う。
この国で勇者として生まれることは最大の名誉なのだ。
「記憶を掘り起こすのが一苦労じゃ。とりあえず召喚魔法陣はこんな感じでよかろう。後は肝心の魔石じゃな。この魔石をどの勇者に持たせるんじゃったか……」
魔王の魔力の一部が込められている石を魔石と呼ぶ。
千年毎に復活する魔王だが、魔王城から外に出ることは出来ない。
魔力の一部が奪われており、完全復活に至ってないからである。
そのため、魔王はモンスターの召喚や遠隔魔法を使い、勇者や王国に攻撃を図る。
勇者は魔石を封印のために使い、魔王は完全復活のために勇者から魔石を奪おうとしている。
魔石をめぐる戦い、それが勇者と魔王が長年繰り広げてきた戦いである。
「確か魔石を扱えるのが、剣士か魔法使いのどちらかじゃったの……。思い出せぬ」
魔石は扱えないものが持つと呪いをかけられる。
いまだかつて呪いにかかった者はいないため、呪いの全容は明かされていない。
「よし……剣士じゃ! 剣士にしよう。神様のワシがそう言うなら間違いはないはずじゃ! ふむ!」
神様は、先ほど自分が展開した召喚魔法陣の上で瞳を閉じて詠唱を始める。
「我、初代勇者。思い引き継ぎし勇者よ、民の平和を願う気持ちに応え、汝らに力を授ける」
『──ドニ・クリエイナル!』
誰に神様を責めることが出来よう。
今まで数千年、一つのミスもなく責務をこなしてきたのが逆に奇跡だったのだ。
だから、こうなることはむしろ必然だったのかもしれない。
神様は初めてミスを犯した、それも二つの。
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