第41話 蘇る過去
魔法を解く薬という名の偽薬を飲んだ。全ての記憶を思い出す。わざと忘れていた記憶。忘れていたんじゃない。忘れていたふりをして封印した記憶。
そもそもシノと話したのは、中学三年生のあの日が初めてではなかった。
♢
事の顛末は二年前――ヨウとシノが中学二年生の秋に遡る。
それはまだヨウがシノと出会っていなかった頃。ヨウは中学二年生で、アオは小学六年生。
その時に母親が失踪したのだ。そうしてヨウたちは姉妹二人っきりになった。それは偶然の産物でもあった。
そもそも父親はヨウが幼い頃に蒸発している。記憶はあるが思い出はなかったので哀しくはなかった。
そんな中、研究者だった母親は自身の関心の赴くままにヨウたちを置いてどこかへ行ってしまったのだ。片親だったにもかかわらず、その責任を放棄したのだ。
勿論、母親とて何も言わずに失踪したわけではない。母親は、身寄りのないヨウたちをヨウたちの祖母に託したのだ。電話一本で。
運悪く、その時から認知症を患い始めた祖母はその事を忘れたのだ。ヨウはヨウでまさか母親が帰ってこないなんて思わない。
というわけで、気がついたらヨウはアオと二人っきりになっていたのだ。不運が重なった結果だった。
でも決して不幸ではなかった。周りより賢いヨウというこどもは、別に両親の庇護を必要としていなかった。一人だって生きていける自信はあった。寧ろ、おとなは嫌いだった。
だから、ある程度のお金を残していった母親に感謝すらしていた。二人っきりの生活は思ったより快適だったから。
――母親がいない家というのは長女が母親らしくなるらしい。
それを身を以て実感した。とどのつまり、ヨウは人一倍早くおとなにならなくてはならなかったのだ。周りが公園やらショッピングモールで遊んでいる間、ヨウは家のことを考えなければならなかった。でも、だからこそアオが全てだった。
アオさえ笑ってくれればよかった。アオさえいてくれたらそれでよかった。
ただ一つ困るとすれば、お金だった。
♢
「お姉ちゃん、お別れ遠足に行きたいんだけど……お金、ある……?」
とある日のアオの一言ではっとした。
計算的には親の置いて行ったお金でなんとかやりくりできる。でも、それは遠足や旅行などのことを何も考えていなかったから言えることだった。高校や大学だって私立に行きたくなるかもしれない。それは中学生からは想像もつかないような大きな金額が必要だった。母親が帰ってくる保証なんてどこにもない。
そして哀しいことに、現実は遠足一つ行く余裕も正直あまりなかったのである。
小学生にこんな心配をさせるなんて、ヨウは自分を許せなかった。
「……ちょっと待ってね。絶対、行けるようにするから」
自分がお別れ遠足で初めて水族館に行った思い出が蘇る。そんな貴重な機会を奪うなんてしてはならなかった。今回だけではない。これから先も、アオの経験を思い出を何一つ奪いたくなかった。
幸せになるためには、最低限のお金が必要なんだと初めて感じた瞬間であった。
そうしてヨウはアルバイトを探すことにしたのだ。
♢
アルバイトを探す。でも中学生なんてそんな簡単に雇ってもらえない。当然だ。
いくら知識を振りかざそうが、どうしようもなかった。そもそも身分証明書だって碌なものがない。子供というのはそういうことだ。幾ら内面がおとなになっても子供は子供。それがヨウは一番苦しかった。
途方に暮れて、家とは逆の方向へと歩みを進める。お別れ遠足に行かせるお金がないなんてアオには言えない。別に歩いたところでお金が湧いてくるわけではないが、アオに顔向けできる気分ではなかった。
やってきては去ってゆく思考に身を任せながらひたすら歩いた。全てが面倒で、自身が子供であることを呪った。大人なら働くことができたのに。
そうやって環境に責任を擦り付けるのがこどもなのかもしれないのだけれど。
ただ思考の海に溺れながらひたすら歩いた。歩いて、歩いて、歩いた。
♢
――はっと意識が浮上する。
気が付くと、そこは知らない場所で、路地裏だった。変な道に入ってしまったと後悔するが、来た道もわからなければ戻る方法も思いつかなかった。
「……」
仕方なくそのまま彷徨い歩く。特に焦ってはいなかった。半ば投げやりだったのかもしれない。
そうしてただ無感情に歩き続けた。でも何も変わらない。当たり前だ。
人生も歩いているだけではいけないんだろうなと思った。
お金がなくても幸せになれると本で読んだことがある。
かなり幼い頃にそれを読んだから純粋なヨウは信じ込んでしまったが、実際お金に困るとそれは綺麗事だったんだと痛感した。誰も幸せにすることができない。
――アオがいるから幸せだと思った。でもアオのためにも不幸を感じている。
幸があるから不幸がある。だから、今苦しんで彷徨い歩いているのも幸福なんだろうと思った。
不完全なおとなにならざるをえなかったヨウには、そうやって自分を誤魔化すほかならなかったのだ。
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