第24話 告白
放課後、体育館裏にて。
「僕と付き合ってください」
学ランを着た男子生徒が顔を赤くしてヨウに告げる。
え? という困惑の声を寸でのところで飲み込んだヨウを誰か褒めてほしい。この場にはヨウと男子生徒の二人きりしかいなかったが。
ちなみに補足しておくと、この男子生徒とはほとんど話したことがない。ただ同じクラスで最低限の会話をしたことがあるくらい。だからこそヨウは混乱した。
――付き合う。恋人の幕開けの言葉。青春の代名詞のその二。ちなみにその一は文化祭。それはさておき、こうやって若き青年たちはカップルになっていくのだ。彼氏と彼女。いくら恋愛に興味がないヨウにだって、それくらいはわかる。
でも、だからこそ自分に向けられるとは思ってもみなかった。目の前に広がる光景に冷めた視線を送ってしまう。見る目がないと目の前の男を憐れんだのかもしれない。どうしてこんな何もないヨウに告白なんてするんだろう。シノというハイスペック美少女がいつも隣にいるというのに。
なぜ告白を受けることになったかって、心当たりは一つしかない。
間違いなく、先日の文化祭だろう。あの日あの時のシノの魔法によって、ヨウまで輝いて見えてしまったのだろう。それはもちろん間違っている。可哀想に。早く是正しないと。
――文化祭、そしてあの熱狂的なステージというフィルターによって君は盲目的になっているだけだよ。
そう諭せばいいのに、思っていた言葉が口をついて出なかった。ヨウが思っていたよりも気が動転していたらしい。
「ごめん、少しだけ待ってほしい。明日まで」
逃げ出すようにヨウはその場を後にしてしまった。男子生徒の呆気にとられた顔だけが脳裏にこびりついて離れない。嗚呼申し訳ないなとちらりと思った。思っただけで反省はしていないけれど。
逃げてきたはいいが、さてどうするか。答えは一つ、シノという恋愛のエキスパートに相談するしかない。シノは沢山告白されてきたはずだから。恋愛の先輩に相談するのが一番である。ヨウは書物で読めるような恋愛は知っているが、実物を経験したことはなかった。そして、恋愛に対してあまりいいイメージも持っていなかった。
♢
シノに会うと、開口一番に事の顛末を話した。シノはただ黙って聴いてくれた。そしてヨウが話し終えたら一言。
「それは、おめでとうございます」
シノはにこりと微笑んで言う。心から友人を祝福する表情。この邪気のない笑顔を見ると全てが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「うん、ありがと……」
でもヨウにはあんまりありがたいことだと思えなかった。
「それで、ヨウはどう思ったんですか。告白について。彼と恋仲になることについて」
シノの瞳はヨウの全てを受け入れてくれそうな気がした。だから、ヨウはその通りに脳に浮かんでいた一文をぶちまける。無意識に、もう完全にシノを信頼してしまっているのかもしれなかった。
「正直、全部面倒くさい」
シノはふふっと軽く笑った。
「それが本音じゃないですか。少しでもそんな気持ちがあれば、その恋愛は失敗ですよ」
シノはあっさりと言ってのける。でもそこまで一刀両断に割り切れるほどヨウの中で決心は固まっていなかった。
「でも、もしかしたら付き合ったら好きになるかもしれない……って思うと勿体ないような気がして。それに、告白されるのは初めてだし、もう二度とないかもしれないから断れなくて」
「成程。気持ちはわからなくはないですけど」
「いや、シノは告白されまくってるじゃん。もう二度とないかもなんて思わないでしょ」
「あら、ご存じでしたか」
シノはお道化た表情をしてみせる。これは完全にわざと。
「うん、学年中が知ってるよ。確か、された告白全部断っていたよね? 一つくらい受けたらいいのに。ほら、学年一の優しいイケメンから告白されたやつとか」
「そこまで知られていたんですね……」
そこでシノはお道化た表情を消したかと思うと一転、物憂げな表情を浮かべる。
「だってどうせ終わる恋に時間を割くのは、相手にも失礼でしょう?」
どうせ終わる恋、という後ろ向きな言葉がシノに似合わなくて少し驚いた。でもどこか達観した表情でもあった。ヨウの知らないところで色々経験してきたのかもしれない。
「どうしてそう思うの」
シノは顎に手を当てて考え込む。その瞳にヨウは映っていなかった。
「そうですね……私は人に恋したことがないんです。誰に告白されたときも、何の感慨も浮かばなかったんです。ただ付き合ったら利益があるか……そんなことしか頭に浮かびませんでした」
損得勘定で人間関係を構築しようとしていたヨウも同じだ。だから特に反論も批評もできない。
「そっか。……ちょっとわかるような気がする」
「ありがとうございます。好意を無碍にするのは心苦しいですが、好きではないまま付き合うのはもっと失礼かと私は思うんです。それに、恋愛は諸手の刃ってよく言うでしょう? お互いが囚われて雁字搦め。恋愛は気づいたら無意識にお互い依存していて、それが一番怖い。……まあ、本当に好きな人であれば嬉しいことなのかもしれませんね」
何を見てきたら弱冠十五歳にしてそんな発言ができるのだろう。
「成程ね……ヨウも、依存は嫌だな。現時点で彼に依存するようになるとは考えられないけど。でも、彼がヨウに告白してくれた勇気も尊重したいんだ。ヨウは一生告白なんてできないだろうから、少しだけ尊敬したかもしれない」
「優しいですね、ヨウは。私ならもう振っていますよ」
澄んだ笑顔と放たれた台詞があまりにも合っていないものだから温度差で風邪をひきそうになった。勿論比喩だけど。
「ううん、優しさじゃなくて偽善だよ。結局のところ彼が好きではないんだから」
シノは笑顔を崩さずにヨウの瞳を見つめてくる。透明な笑顔なのに、その瞳はどこまでも真摯だった。真剣にヨウの話を考えてくれているのだ。それがヨウにとって一番ありがたかった。
「じゃあ断るべきだと私は思います。付き合ってからも好きになれなくて別れる、という方が彼に禍根を残しますからね。ヨウだって考えてみてください。ヨウが好きな人が付き合ってくれて、挙句の果てに好きじゃなかったって種明かしされたときの気分を。残酷でしょう?」
「ああ、確かに」
でも、特定の個人に恋したことがなかったからあまり想像がつかなかった。シノと同じだ。きっと発言したシノも良くわかっていないのだろう。だから、残酷だなんて曖昧な単語を並べているのだ。
「まあ、明日その方と話して決めたらいいんじゃないですか。部外者の私の話よりも、そこで判断すべきですよ。彼の真意も今のところ不鮮明ですし」
「うん、そうだね。ありがとうシノ、すっきりした」
「どういたしまして。明日、頑張ってくださいね」
こんな告白一つに悩むなんて青春みたいだ。馬鹿みたい。
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