第23話 ダンス

 気が付いたら文化祭本番で、今ヨウはシノと二人で舞台袖に立っていた。


 ステージといっても体育館についている舞台から物を取り去っただけの簡易なものだった。だからそんなに大それたことではないかもしれない。

 それでも舞台袖からちらりと見える客席は生徒たちで満杯で、ヨウが緊張していないといったら嘘になる。


「緊張していますか」

「ううん、大丈夫。一人じゃないし。メインはシノだし」

 精一杯の見栄を張ってみせる。でもあっけなく否定された。

「いいえ。ヨウと私、二人ともが主役ですよ」

 そう言ってシノは誰よりも主役の笑顔を咲かせた。瞳はいつになく輝いていた。

「だから、大丈夫です」


 そう言ってシノはヨウの手を握った。いつも通り手汗とは無縁そうな、ひんやりとした手。むしろヨウの手に滲む汗が申し訳なかった。

 でも、そんなのはすぐに飛んでいく。だって、シノも多分少しは緊張していると感じたから。根拠はない。ただの直感。でも、ああ同じなんだと思った。なら踊ろう。ふたりで。


「さあ、行きましょう。私たちの番ですよ」

 ヨウたちの番を告げるアナウンスが体育館に響き渡る。どこか煌びやかな音楽が流れ出す。この音楽だって初めて聴いた。


「ヨウ、踊りましょう。きっと楽しいから」

 舞台袖から躍り出る。ライトが眩しい。自分たちを見上げる、有象無象の生徒たちの顔。自然と気分が高揚する。今が一番楽しかった。


 はっきり言ってこれはダンスなんて高尚なものではない。ただ、ヨウはシノに振り回されているだけ。手を引かれるままに回る。かと思えばシノがふっと手を離すから、慣性に身を任せる。ただヨウは何もしなかった。何もしなくてよかった。


 多分これはよく中学生がするようなヒップホップダンスでもない。強いていうならば、ヒップホップダンスと社交ダンスを足して二で割ったようなものだろう。つまり型に嵌まらない踊り。正解なんてどこにもない。だから、ヨウとシノが一番。


 実を言うと、本番まで一度もヨウとシノは練習というものをしなかった。”気が付いたら文化祭本番だった”、というのもそのためだ。だから、完全なるアドリブ。失敗も成功もない。だからこそ愉しいのだ。こんなに練習されていない出し物なんて、多分他にないだろう。オンリーワン。


 シノが躍る。艶やかな黒髪が舞う。指先まで美しい。流し目が何とも妖艶で、誰も彼もが彼女にくぎ付けになる。ヨウはそれの引き立て役。

 かと思いきや、シノがいい塩梅にヨウを引き立てる。ほら、ヨウと二人だから美しいんですよ。そういう風に魅せる。


 みんな、頬を紅潮させて見入っている。曲に合わせて、ヨウたちの踊りに合わせて、熱狂的な歓声や手拍子が体育館を席巻していく。ヨウはシノに任せているだけでよかった。

 シノは正しく天才だった。


 段々と余裕が出てくるとシノの表情だって見れるようになってくる。


 いつもより活き活きとした表情。でも、何よりも印象的なのは瞳。いつもの静かな深海のような目ではなく、夜空に散らばった星みたいな輝きを放っていた。目が合う。にっこりとシノは今日一番の笑顔を零した。


 その笑顔があまりに年相応で、ヨウも思わず笑ってしまう。そうか、シノはこれがしたかったんだ。どこまでも大人びたシノも、こんな表情をするんだ。


 シノは笑う。ヨウも笑う。体育館が熱狂に包まれる。シノはアイドルだった。ヨウも今だけはアイドルかもしれない。でも、観客なんて関係なかった。ただ、二人で舞い狂うのが楽しい。

 

 回りましょう、ヨウ。

 

 そんな声が聞こえ気がした。勿論こんなうるさい体育館で聞こえるはずがない。でもきっとシノはそう言った。今はもう表情だけでわかる。


 ヨウはシノと手を取って回る。回る。回る。視界がマーブル。全ての感情もごちゃまぜ。


 ぐるぐると忙しなく回る世界の中で、一緒に回っているシノだけが止まっている。美しい顔が至近距離にある。でも、いつもの人形のような精巧な笑みではなく、ただの中学生のそれだった。どこまでも人間らしく、どこまでも感情に溢れていた。


 目が合う。吸い込まれそうな瞳。それがヨウだけに微笑みかける。

 ――嗚呼、シノしか見えない。


 ここはシノとヨウの絶対領域だった。誰も立ち入ることはできない。だからたのしかった。


 ♢


 成功も失敗もないと言ったが、後から振り返ってこの舞台は大成功に終わった。それだけでなく、ヨウにとって一番の学校行事の思い出になった。

 学校行事なんて、学校なんて義務として消費するだけのものだと思っていたのに。


 どうしよう、愉しくてたまらない。今が去っていくのが堪らなく惜しいくらいに。

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