第7話 マリア
シカはマリアが普通の人間でないことを薄々気づいていた。あまりに整いすぎている顔立ちは、もはや整形をしても辿りつけない域である。服装も大人びていて、明らかに浮いていた。まさか、彼がアンドロイドとは思わなかったが。
その予想外の展開に、シカはやや瞳孔が開いた。それを誤魔化すようにそっぽを向く。
「そう。なんとなく、そうではないかと思ってた」
「本当に?少なからず、君がカグヤと接点を持っていることは、僕には分からないだろうと思ってなかったかい?」
動揺したのがばれていたか。
マリアは歩き出したシカの隣に駆け寄り、横並びになる。
「カグヤのことを聞いたときはびっくりした。もともと、地球に来たCAIMSEは、それぞれ別の過ごし方をする予定だったんだ。僕は一般家庭のお世話になって、カグヤは一人暮らしをするみたいに。月にいたときからカグヤは気の置けない子だったけど、やっぱり地球でもドジしていた」
「それで?まさかそれを言うためだけに私に話しかけたんじゃないでしょうね」
「それがそのまさか。君に話しかけたのは、ただ挨拶をしたかったからだよ。カグヤと一緒に暮らす子が気になったのもある」
「なるほど。つまり、からかいに来たってことね」
シカは眉根を寄せた。マリアはその様子を覗き込むようにして続ける。
「からかっているわけではないよ。でもそう感じた?」
「とっても」
「ああ、それは失礼。じゃあ今度は本当にからかうつもりで言うけど、君とカグヤはとってもお似合いだと思うよ」
何を企んでいるか分からないというようにシカは不機嫌な顔になった。しかし素直に謝ることに感心もしている。
こいつは——
カグヤと同じ存在であるこの人は、理不尽なことで無視するような純血主義とは違う。
「どこがお似合いだって言うの」
興味あるんだと言わんばかりにマリアは不敵な笑みを浮かべる。
「正反対なところが。君はカグヤとの共通点がまるで無いように見える。こと恋愛においては犬のようにアクティブな人と猫のようにクールな人の愛称がいいそうじゃないか。押し引きのバランスが良いって言うのかな。君とカグヤはまさにそんな感じ」
「別に私はカグヤと付き合っているわけじゃないよ」
「それは知ってる。付き合っちゃえるくらい相性がいいってことさ」
「ふーん、親切に教えてくれてどうも」
マリアはシカとの会話に満足したのか、饒舌だった口を閉ざした。
それでもマリアはついてくる。シカは彼を撒こうと思ったが、転入初日で土地勘もなさそうだったため大人しく横を歩かせることにした。
終始無言というわけにもいかなかった。先に気まずくなったシカから話しかける。
「ところで、もし気に障ったら答えなくてもいいんだけど、あなたはどうして男性なの?」
「ああ、それは」
単刀直入すぎたかとシカは思ったが、マリアは察したらしい。
「どうしてマリアって名前が女の名前なのに男なのかってことだよね?それは男にもよく使われる名前だからだよ」
「そんなこと分かってる」
「冗談だよ」
マリアは前髪をかき上げる。真正面からすれ違いざまに見れば、一目ぼれする人も出てくるだろう優美さだ。しかしシカはしかめ面で先を促す。
「つまり君は、どうしてカグヤは女なのに僕は男なのかってことを聞きたかったんだよね?更に砕くと、君は全てのCAIMSEが女だと思った。なぜなら一人の人格からできた存在だから」
シカが小さく頷く。
「でもそれを知っているなら別のことにも疑問を持ったはずだ。どうしてCAIMSEを作った人は男だったのに、カグヤは女なのだとも」
前を向き続けていた話し手は、今度は聞き手の同意をしっかりと確認した。そして、やはりかといったように浅いため息をつく。
「そもそもAIに性別なんて面倒な仕組みを組み込むこと自体おかしいんだ。それがうちのお父さんは女になりたかった。トランスジェンダーだったんだ」
皆を言う前にシカは理解した。
以前父が彼と呼んだ人は、女としての生をCAIMSEに託したのだ。肉体という性の呪縛から解放されたAIに、本当の自分を。ゲームの操作キャラクターを女性にするように。
「それなら余計分からない。あなたは女性として生まれたはず」
「それがね、なぜか僕はトランスジェンダーであるお父さんの人格を継いでしまったんだ。やっと女になれたと思ったら、まるでお父さんの人格がトランスジェンダー無しでは語れないものになってたかとでも言うように。とんだ皮肉だよね」
だから、と苦笑いしながら続ける。
「女として生まれるはずのマリア・グルーバーことk143は男として生まれてしまった」
【休止中】カメリアと羽衣 斜玲亜犀 @raika_akahana
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