第10章 地元に戻ろう
第150話 小さな一歩だけどな
俺と那月さんが友人たちとプールに行き、そして俺が那月さんに自分の過去を打ち明けてから約一週間後。地元に帰省する日がやってきた。
キャリーバッグを持ち、お昼に家を出た俺と那月さんは、タクシーで駅に向かった。
事前に購入していた切符を取り出して駅構内に入ると、そこに司と椿が立っていた。椿は俺たちに向かって大きく手を振っている。
「那月さ~ん! ゆーく~ん!」
「よう」
「椿さん! 新くん!」
那月さんはふたりを見つけると、キャリーバッグを引きながらふたりの元へ走る。
「那月さん、祐くん。気をつけてね」
「はい。ありがとうございます椿さん」
椿の『気をつけて』はそのままの意味も含まれているんだろうけど、きっとそれ以外の意味も込められていると思う。
俺と那月さんの過去を知っているから、地元でそのトラウマの原因との再会を危惧しているんだろうな。じゃなければここまで心配そうな顔はしない。
司も、表情や立ち振る舞いそこいつも通りだけど、なんとなくまとっている空気が違うような気がする。
ふたりを観察していると、椿が那月さんに抱きついた。
「那月さんにしばらく会えないの、寂しいです……」
「私もですよ。椿さん」
「だからこの立派なおっぱいを堪能させてください!」
そう言って、椿は那月さんの、露出はしてないのに服の下からもしっかりと主張している大きな果実に顔を埋めた。
「きゃっ! ち、ちょっと、椿さん……!」
人目も多いのに、何やってんだ……。
いや、女性同士だからいいのか?
「そういや祐介。仁科さんは?」
「ああ。マユさんはバイトだよ」
マユさんは俺が帰省しているあいだ、ビッシリとシフトが入っている。他のスタッフさんもいるのに……。
マユさんにはちょっといいお土産を買って帰らないとな。
「祐介。電車までまだ時間あるよな?」
「ああ、あるけど……」
司がちょっと真剣な目で俺を見ていた。こういう目の時は、大抵なにか大事なことを伝えようとしているんだけど、椿みたいに心配してくれているのか?
「椿もしばらく九条さんを離さないだろうから、ちょっと話そうぜ」
「わ、わかった」
俺は司について行き、那月さんたちからちょっと離れた。
そして司はくるりと振り返り、小声で話しはじめた。
「お前、九条さんに自分の過去の話……したんだよな?」
「ああ、したよ」
俺が那月さんに自分の過去を話したことは、数日前に司たちにも伝えていた。
司も椿も驚いていたっけ。「たった四ヶ月で」って……。
「それで、単刀直入に聞くが……九条さんへの告白、まだ怖いか?」
「…………そう、だな」
司は、俺が那月さんに好意を持っていることを誰よりも早く伝えた友達だ。多分、俺と那月さんが今以上の関係になるのを誰よりも強く願っている。本人は態度や表情には出してないけど。
「ま、そうだよな。九条さんに自分の過去をさらけ出したからって、イコールそれが告白の恐怖心の払拭にはならないからな」
司は肩を竦めた。多分、俺がどういう返事をするかわかっていたような口ぶりだ。
確かに告白は怖い。だけどそれは俺だけじゃなく、告白をしようとしている全ての人が平等に持っているものだ。大きさの差はあるけれど、告白が全然怖くないっていう人はいないと、俺は考えている。
俺は過去のトラウマから、告白に対する恐怖心は人より強いと自覚している。
「だけど……」
「ん?」
司がまた俺を見てきたので、俺も司をまっすぐに見つめ、そしてこう言った。
「怖いけど、前ほどじゃないっていうか……以前は告白を考えるだけで身震いしていたんだけど、今はそれがないんだ」
多分、以前までの俺ならこの話をしている今も体が震えていたと思う。
だけど、今は震えてもいないし、心も……恐怖心のドキドキより那月さんへの告白を考えて、純粋にドキドキしている方が強い……気がする。
「……そうか……そっかそっか!」
司は嬉しいのか、笑みを見せながら俺の背中をバシバシ叩いてきた。別に痛くはないので、俺はされるがままだ。
ひとしきり叩いたあとに、司はまた俺を見た。その顔は本当に嬉しそうな顔だった。
「お前がちゃんと前を向いて歩いていることができてるみたいで安心した」
「小さな一歩だけどな」
「大きいも小さいも関係あるかよ。とにかく俺は嬉しいよ」
「司……ありがとな」
「お礼なら言葉じゃなくて九条さんと付き合う姿を見せてくれよ」
「いや、それは……」
確かに俺の目標はそこだけどさ……言葉にされるとめちゃくちゃ高い目標だと思い知らされる。
那月さんを俺に惚れさせる、か。とんでもなく高い壁だ。
「ま、焦るなと言うつもりはないが、ゆっくりもするなよ」
「わかってるさ」
このタイミングで、構内にアナウンスが聞こえた。どうやら俺と那月さんが乗る電車がもうまもなく到着するようだ。
「那月さん……って」
椿……まだ那月さんの胸に……。
「う、うん! つ、椿さん!」
「はーい……」
椿は名残惜しそうに那月さんの胸から顔を離した。ずっと埋めていたのか、それとも途中で会話を挟んでたのかはわからないけど……聞かない方がいいのだけはわかる。
「では、おふたりとも、いってきます!」
「那月さん、祐くん。気をつけてくださいね」
「九条さん、なにかあったら迷わず祐介を頼ってください。祐介、お土産よろしく!」
「はい!」
「わ、わかってるよ!」
俺と那月さんはつかつばカップルに手を振られながら改札を抜け、俺たちも手を振り返してホームへと向かった。
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