第148話 むりぃ……!

「……とまぁ、こんな感じ」

 那月さんに俺の過去を話終える頃には、グラスにあった氷は全て溶けてなくなっていた。

 俺はグラスを手に持ち、残った麦茶をグイッと飲み干す。

 その際に目だけを動かして那月さんを見るんだけど、那月さん……下を向いたまま動かない。どんな気持ちでいるのかはわからないけど、まぁ楽しい話ではなかったからな。

 俺が空になったグラスをテーブルに置くと、那月さんはそのままの体勢で静かに言った。

「そのあとは……どうなったの?」

 そのあと、か。まぁ、気になるよな。

「そのあと、一限をサボって、その休み時間に戻ると、みんな……アキとリョウ以外はみんな俺を避けてしまったよ。そして───」

 那月さんの肩がピクリと動いた。多分、「まだあるの?」って思ってるに違いない。

「そのふたり以外、俺に話しかけてくる生徒はほとんどいなくなってね。バレンタイン、ホワイトデーはもちろん、文化祭や修学旅行も「学校に来るな」って言われたよ」

 バレンタインやホワイトデーはカップルや恋をしている人が主役の日だから……そして文化祭や修学旅行もカップルで楽しみたいって人がいたから……。クリスマスは冬休みに入っていたから言われなかったけど、その日近くになると避けられ方がいつも以上になっていた。

「それで、祐介くんは……どうしたの?」

「……言う通りに、したよ」

「っ!」

 言われはじめたのは中学三年からだけど、同じ高校に進学したやつが俺のことを吹聴して、結局高校三年間も変わらずだった。

 文化祭も修学旅行も、そんな風に言われてしまえば俺も、みんなも楽しめないので、そいつらの言う通りにした。だから俺は高校の文化祭と修学旅行は経験したことがないんだ。

「不登校になる寸前だったんだけど、それは両親に悪いと思ったから踏みとどまったよ。それで、見かねた両親がこっちの専門学校を勧めてくれて、高校卒業と同時に地元を離れたんだ」

 最初は友達を作るのを怖がっていたけど、学校で司と椿に出会い、ふたりが俺に積極的に声をかけてくれて……バイト先でもマユさんが……たまにウザい絡みもあったけど良くしてくれて、俺はこっちに来て良かったと思えた。だから両親には感謝してもしきれない。

 それに───

 俺は相変わらず下を向いている那月さんを見ていたのだけど、那月さんの顔から一滴の雫が落ちるのが見えた。

 それが二滴、三滴と落ちて止まらない。

「うぇ……うえぇ~……」

 那月さんは泣いていた。

「な、那月さん!?」

「うぅ……ぐすっ、うえぇ~……」

 俺は泣き出した那月さんを見てオロオロとしてしまう。触れるわけにもいかず、どうしたらいいのかわからない。

「な、那月さん。お、落ち着いて……」

「むりぃ……!」

 とりあえず声をかけてみたが、さらに泣いてしまう那月さん。

「ゆうすけくんの……かこが、そんなに、つらいもの、だなんて……おもってなくて……ぐす、パートナーの、そんなはなしをきいて、なかないなんて、むりだよ……!」

「っ!」

 俺のことでこんなに涙を流している那月さんを見て、ちょっと不謹慎かもしれないけど、とても嬉しく思ってしまう。それ以前に泣くなんて思ってなかったわけだけど。

「ゆうすけくんは、つらいのに、ひとりでがんばって……うぅ、それなのに……」

「まぁ、友達と両親がいたから完全にひとりってわけでもなかったけどね」

 もしもいなかったら、俺は完全に不登校になり自暴自棄になっていた。

「……それに、ひとりで頑張ったのは、那月さんでしょ?」

「……へ?」

 那月さんは泣いてくしゃくしゃになっているその顔を初めて俺に見せた。俺にそんなことを言われるとは思ってなくてキョトンとしている。

「那月さんはご両親もいなくて、元カレたちを頼っていたのに、その肝心の元カレたちは自分のことしか考えないやつばかりで……だから俺は、俺なんかよりずっと那月さんはひとりで頑張ってきたんだって、思ってるんだ」

「な、なんで……わたし、そこまで話しては……」

「うん、聞いてない。だからこれは俺の想像で言ったんだけど、間違ってはなかったみたいだね」

 那月さんはこくりと頷いた。

「……私を、心配してくれる友達はいるよ? でも、やっぱり友達にそこまで甘えるわけにはいかなくて、でも頼ろうとした元カレたちは、みんな自分のことばっかりで、私のことなんて考えてくれなくて……その人たちの家にいても、私は……ひとりだった」

「うん」

「私は、ひとりになっちゃうのが怖い。だからあの日、祐介くんが来る前にいたナンパの人に、ついていこうとも、本気で考えてた」

「……」

 結果的に、あの時那月さんに声をかけたのは大正解だったということか。もしもあのまま那月さんに声をかけずに帰っていたら、那月さんはこっちでも地元にいた時と同じような生活をし続けていたに違いない。

 俺の家に泊めてくれと自分から頼んだのも、孤独への恐怖が勝ったからかもしれないな。

 なら、俺が今、那月さんにかける言葉はひとつしかない。

「あ、安心してよ那月さん。那月さんがこの家にいる限り、那月さんはひとりじゃない。お……おれ、が…………そばに、いるから」

 那月さんを安心させるために言った言葉だけど……最後のはいらなかったのかもしれないな。俺の願望も多分に含まれているし。

「ゆう、すけ、くん……!」

 那月さんは顔をぐしゃっとさせ、量の目からはまた雫が落ちる。

「あり、ありがとう、ゆうすけくん! ……うえ、うえぇぇぇん!」

 那月さんは声を大にして泣いた。

 これで那月さんにあった心の闇が完全にとは言わないが、かなり小さくなってくれたら俺も嬉しいな。

 俺は腰を折って丸まって泣いている那月さんの手にそっと触れた。

「ぁ……」

 それに気づいて一瞬泣き止んだ那月さん。だけど俺の手を両手でしっかりと握り、また泣き出してしまった。

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