第146話 来ないでほしいんだ

 お昼休み、俺は色んな意味で憔悴しながらも、弁当を取り出した。

 心のモヤモヤは全然晴れないが、とりあえずなにかお腹に入れないと、心だけじゃなくて身体ももたない。

 箸を持った直後、クラスでもわりと仲のいい田中たなか賢二けんじが俺に声をかけてきた。

「なぁ、祐介……」

「……どうした賢二?」

 まだ気持ちが落ち込んでいた俺は、返事をするのが少し遅れた。

 顔を上げて賢二を見ると、その顔はあからさまに気まづい表情をしていた。

 まぁ、『振られ神』なんて言われたからな。そんな俺にどう話しかけるか悩んでたんだろう。


 そう思っていたのだが、その予想はまったくの見当違いだというのを、この後思い知らされる。


 賢二は俺に顔を近づけて、こう切り出した。

「実は……俺、近いうちに佐藤さんに告ろうと思ってるんだ」

 佐藤さん……確か、隣のクラスの可愛い女子の苗字がそうだった気がする。俺たちの学年に『佐藤』はそのひとりしかいないから間違いではないだろう。

「そうなのか。頑張れよ」

 俺も小声でエールを送った。俺と同じような結果にならないよう、本気で願っていた。

「……ありがとう。それで、さ」

「ん?」


「告白する日、悪いけどお前は学校に来ないでほしいんだ」


「…………は?」

 賢二から言われた『学校には来るな』発言。俺は理解ができなかった。

 な、なんで学校に来ちゃいけないんだ? 賢二が佐藤さんに告白するのと、俺の登校は全然関係ないだろ。沈んだ気持ちで考えても……いや、仮にいつもの調子だったとしても、俺ひとりで賢二の言ったことの意味を理解するのは無理だ。一体何を思って賢二はそんなことを言ったんだ……?


「『振られ神』のお前がいると、告白が失敗しそうでさ。だから頼むよ」


「……」

 ……賢二の真意を聞いても、やっぱり何ひとつ理解できなかった。なんだよ告白に失敗しそうだからって……。

 俺がいようがいまいが、そんなの関係ないんじゃないか?

「『振られ神』のお前がいたら、恋愛運が下がるって噂が流れててな。俺……マジで佐藤さんと付き合いたいんだよ。わかるだろ?」

「……」

 後半部分はわかる。俺だって三ノ宮さんと付き合いたかったから、賢二の気持ちは、昨日まで俺が抱いていた気持ちそのものだったから。

 だけど、前半部分の噂ってなんだよ? 誰がそんな噂を流してるんだ!?

 ……いや、多分俺を『振られ神』と呼んだあの女子たちだろうな。

「その噂……どれくらい広まってるんだ?」

「さあ? でも最悪学年中に広がってるんじゃないか?」

 学年中……ならもう噂を流したかもしれないあの女子たちに何を言っても手遅れだろう。それに俺自身、三ノ宮さんに振られ、『振られ神』という不名誉なあだ名までつけられて、メンタルがかなりしんどくて、火消しに行く気力がない。行ったとしても消せないと思うけど。

 それにしても、賢二のやつ……随分と他人事だな。こいつは友達だと思ってたのに……。いや、もしかしたら告白でいっぱいいっぱいになってるだけで、他の人のことまで考える余裕もないのかもしれない。

 告白が終わったら、俺のあだ名と噂がまったくのデタラメだと伝えるのを手伝ってくれるかもしれない。

「なら、告白する前の日くらいに、連絡くれるか?」

「おお! もちろんだ! ありがとな祐介」

「いや……」

 賢二は足取り軽く俺から離れていった。

 正直、納得なんてしていないけど、ここで俺が下手に動いてもあだ名と噂が何もしない以上に広まる恐れがあったから、俺は動かない選択をした。

 賢二がいなくなったあと、アキとリョウ……森本もりもと稜真りょうまが俺のところに来て心配してくれて、このふたりだけが、今の俺の学校での支えになっていた。


 数日後の夜、賢二から【明日告白する】とメッセージが来て、その翌日は適当に理由をつけて学校を休んだ。仮病で休んだことと、両親にそんなことで嘘をついてしまったことに罪悪感を感じながら、俺はその日、静かに過ごした。

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