第145話 振られ神おっはー!

 人生初の告白が見事に失敗に終わった翌日、俺は気分が重いながらも学校の昇降口に来ていた。告白が上手くいかなかったからって、それで学校を休む理由にはならないからな。

 母さんにもそのことは言ってない。家族が一緒にいる時はなんとか普通を装って過ごしたから、多分俺になにかあったとかはバレてないと思う。

 靴から上履きに履き替えて教室に向かう。

 三ノ宮さんとどんな顔して会えばいいんだ……告白して玉砕したから、もういつもみたいに話したりはできないだろうな。

 どんな顔していいかわからないし、話す内容すら頭に浮かんでこない。

 教室が近づくにつれ、俺の足が鉛のように重くなる。告白失敗のショックに加え、心が必死に教室へ行くことへの拒否を訴えてきている。

 告白が成功するか失敗するか……その違いだけでここまで違うんだな。

「はぁ……」

 昨日から何度ため息をついたことか……。はぁ、気が重いなぁ。


 気がつくと教室の前に立っていた。

 ここを開ければ、多分もう三ノ宮さんはいる。

 開けるしかないってわかってるんだけど、マジでどうしたらいいんだ?

「おはよう祐介」

 横から声をかけられ、俺の肩に手が置かれた。

「……アキ」

 俺の友人のひとり……はやし秋史あきふみがそこにいた。元気が取り柄で、言い方は悪くなってしまうが、俺と同じでフツメンなヤツだ。

「どうしたそんなとこに突っ立って。ほら、早く入ろうぜ!」

「ちょ……!」

 アキは教室の扉をガラッと開け、「おはよう」と言いながら教室に入っていく。

 俺も……みんなが見ている状況でいつまでもここに立ってるわけにはいかないので、ゆっくりと教室に入る。

 教室に入ると、何やら視線を感じる。

 みんなほとんど俺に関心がなく、各々のグループで談笑をしているようだけど、一部のクラスメイトからの視線ははっきりと感じる。

 チラリとそちらを見ると、このクラスのカースト上位の陽キャ女子たちだった。

 普段交わることのない女子たちで、まともに話したこともないのに、なんで今日に限ってあの人たちは俺を見てくるんだろう?

 疑問に思っていると、ひとりの陽キャ女子が俺に近づいてきた。髪を微妙に染めていて、制服も着崩していてスカート丈も短い。俺の苦手なギャルだ。

 そのギャルが俺になんの用だよ……。


「振られ神おっはー!」


「……は?」

 はじめてこの女子から挨拶をされた。

 いや、そんなことはどうでもいい。それよりもわからないことがある。


 ……なんだ……『振られ神』って……?


「え~、なになにモモ。その『振られ神』って」

「アタシ、聞いちゃったんだよね。昨日、アンタが空き教室でナホに告って、振られるところを」

「っ!」

 あの時、あの場所に……いた? あの告白を……聞かれた!?

 陽キャ女子たちを見ると、ニヤついた笑みで俺を見ている。

 俺は昨日の告白を聞かれていたという衝撃が大きすぎて頭が回らない。呼吸も少し荒くなっている。

 そして、モモと呼ばれた陽キャ女子は、またもクラス中に聞こえる声でこう言った。

「クラスのアイドルに恋するのはいいけどさ、自分のアイドルにしようとするのはダメじゃん。できなかったけどさ~」

「……」

 カラカラと笑いながら、面白おかしく吹聴するモモという陽キャ女子。

 モモは俺に顔を近づけ、耳元で囁く。

「あの時の告白、録音しちゃってんだよね。みんなに聞かせたらどんな反応するのかな?」

「や、やめろ!」

 俺は咄嗟にモモに叫んでいた。

 そしてモモから後ずさり、さっきよりも呼吸が荒くなり、動悸までしはじめた。

 まさか、聞かれていただけじゃなく、録音まで……!

 偶然あの場所を通っていて、偶然聞いていただけなら、それは俺の責任だ。

 だけど、それを録音し、みんなに聞かせようとするのはあまりにも理不尽が過ぎる!

 俺だって、どこにでもいる普通の男子中学生だ。よく話す女子に恋をして、その子と恋人になりたいと思うのは当然じゃないか!

 それはモモも、ここにいる他のクラスメイトも同じだろ!

 クラスのアイドルの三ノ宮さんと付き合いたいと思っている男子は俺だけじゃない。このクラスはもちろん、他のクラス、学年にだって俺と同じ気持ちを持っているやつがいても不思議じゃないのに……!

 俺がモモを睨んでいると、モモから「ぷっ」という笑い声が漏れた。

「あははは! そんなことしないよ『振られ神!』まぁ、告白した相手が悪かったと思って諦めなよ『振られ神』」

 なんの慰めにもならないどころか、笑いながら言われた直後、教室の扉が開き、三ノ宮さんが姿を見せた。

 当然、渦中にいるアイドルが登校してきたことにより、クラスの視線は三ノ宮さんに集中する。

「あ……」

 クラスの状況を悟った三ノ宮さんは、教室には入らず、走ってその場を去ってしまった。

 俺は追いかけることはおろか、声をかけようともせず、ただその場に立ちつくすしかなかった。

「あーあ、アンタが告白なんてするから」

「……」

 告白なんてするから……?

 俺はただ、好きな人に想いを告げただけだ。振られたのも俺の責任だ。

 だが、なぜ今、告白がいけない……もっと言えば『悪』だと言われなければならない?

 そんなの、俺の自由じゃないか。

 なのに、なんでここまで言われなければならないんだ……!

 俺は強い憤りを感じながらも、何もすることができずに静かに自分の席についた。

 結局、始業チャイムが鳴っても三ノ宮さんは帰ってこなかった。

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