第144話 降神くんとは、付き合えない

 十一月のある日の放課後、俺……降神祐介は誰もいない三階の空き教室に来ていた。

 空はすっかり茜色に染まり、外は木枯らし一号が強く吹いていて窓がガタガタと揺れている。

 そんな誰もいない寂しい教室で、俺はあるひとりの女子生徒を緊張した面持ちで待っていた。

 俺は今日、ここに呼んだその女子に告白する。

 その女子はクラスメイトのひとりで、クラスでも指折りの美少女で、明るく人当たりもいいから陰キャ陽キャ関係なく誰とでも仲がいい。クラスで目立つ立場でもない平凡な俺にも気さくに声をかけてくれて、そんな優しさに惹かれて、いつしか俺は彼女を好きになっていた。

 それからは俺から積極的に声をかけ、楽しく話をして、冗談も言い合ったりしているうちに、好きという感情がどんどん膨らんでいった。

 受験生と言えど思春期真っ只中の中学三年生……そんな相手に恋愛感情を抱いてしまうのは至極当然な理由だろう。

 だけど彼女はその可愛さと明るい性格から、かなり人気があるのは知っていたし、進学希望の高校も俺とは別。このままずるずるといくのは嫌だったし、もしかしたら告白しないでそのまま……なんてのも十分にありえる。そんなのは嫌だと思った俺は、彼女をここに呼び出して告白する決意を固めた。

 失敗すれば当然引きずってしまうし、しばらく何も手につかないと思う。

 だけど、向こうだって好きでもない俺と話している時、あんなに笑ったりしない。だから大丈夫! この告白はきっと成功する。

「……うん!」

 俺は告白に向けての気合い入れを静かにしていると、空き教室の扉が開いた。

 扉の方を見ると、俺が恋をしている女子───三ノさんのみや菜穂なほさんが今まさにこの教室に入ってきているところだった。

 セミロングの黒髪、綺麗な目鼻立ち、制服をちゃんと着こなし、所作もどこか品がある正統派の清楚系美少女。髪の後ろに止められてある水色のリボンがトレードマークだ。

 三ノ宮さんは教室の扉を閉め、ゆっくり俺に近づいてくる。

 緊張して目を泳がせていると、教室の扉が若干開いているのが見えた。

 まぁ、ここはこの時間、誰も通らないことで有名だから気にしないでも大丈夫だろう。

「おまたせ、降神くん。ごめんね遅くなっちゃって。ちょっと友達とお話してたから」

 三ノ宮さんはちょっと申し訳なさそうな表情をして謝ってくるが、俺は全然気にしてない。来てくれたことに感謝こそすれ、遅れたことを非難する気もなかった。大して遅くもないし。

「い、いいよそんなの。……来てくれて、ありがとう三ノ宮さん」

「……そう言ってくれると、嬉しいな」

「っ!」

 三ノ宮さんが優しく微笑み、それだけで俺の心は高鳴り、満たされていく。

 こんな笑顔を俺に向けてくれるのだから、この告白もきっと上手くいくと……俺は考えていた。

「それで、話ってなにかな?」

「あ、う、うん……」

 きた! ついに告白する時が……!

 大丈夫、大丈夫だ。三ノ宮さんとの仲はいいし、向こうも笑ってくれてるし、俺と話してて楽しいって思ってくれているはず。

 人生初の告白だろうと気負う必要はない。自分の想いを、ストレートに三ノ宮さんに伝えるんだ。

 そうしたら、きっと明るい未来が待っているはずだから。

 三ノ宮さんだって、こんな人気のない場所に呼び出された時点で、なんの話をするのかは大体わかっているはずだ。だから言わないと……言わ……ないと……。

「……」

 言葉が……出てこない。

 家でも学校でも、イメージトレーニングはしてきたのに、いざ本番になると、まるで金縛りにあったかのように体も動かないし声も出せない。

「……?」

 三ノ宮さんも首を傾げてる。そんな姿もまた可愛いなんて思ってる場合じゃない!

 三ノ宮さんを待たせるな! これ以上好きな人にみっともない姿を晒すな!

 動け……! 声を出せ……!

「……好きです! 三ノ宮さん!」

「えぇっ!?」

「ずっと前から、あなたが好きでした! 俺と……付き合ってください!」

 俺は腰を直角に折り曲げ、右手を伸ばした。

 動かなきゃ、声を出さなきゃと思う一心で、やや勢いがつきすぎた告白になってしまったけど、確かに伝えることは出来た。

 あとは三ノ宮さんが俺の手を取り、握手をしてくれたら、晴れて俺は三ノ宮さんのか、彼氏になれる!

「……」

 だけど十秒……二十秒と時が過ぎるばかりで、三ノ宮さんからはなんの反応もない。

 俺は相変わらず腰を折ってるし、目も閉じているから三ノ宮さんが今どんな表情で、どんな風に立っているのかすらわからない。

 相変わらず風が強く吹き、窓がガタガタ揺れる音しか聞こえない気まずい空気が空き教室内に充満する。

 この体勢もそろそろキツくなってきたけど、ここで頭をあげることは出来ない。待つんだ。

 そして待つこと三十秒。ついに三ノ宮さんが口を開いた。

「……告白ありがとう降神くん。とっても嬉しいよ」

「っ! じゃあ───」

「でもごめん。降神くんとは、付き合えない」

「……え?」

 成功を確信し、顔を上げた直後、俺は急に頭痛に見舞われ、心臓も……ドクンと嫌な痛み方をしだした。

 俺の顔も、喜色満面から一気に顔面蒼白になったことだろう。

「えっと、降神くんのこと、そういう風に見たことないというか……だから、ごめんなさい!」

 そう早口でまくし立て、三ノ宮さんは俺に頭を下げてから足早に空き教室から出ていってしまった。

 俺はショックから、三ノ宮さんの話がほとんど耳に入ってこず、出ていく姿をただ呆然と眺めているだけだった。

 そして三ノ宮さんが出ていってから少しして、俺は膝から崩れ落ちた。

 こうして俺の人生初の告白は失敗に終わった……


 ……が、翌日からさらなる悲劇と、そして理不尽が待ち受けていることを、この時の俺は予想はおろか、考えることすら出来なかった。

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