第9章 振られ神
第143話 聞いてほしいこと
プールをあとにした俺たちは五人で外食をした。
那月さんだって疲れているのに帰って料理をさせるのも申し訳なかったし、みんなとまだもう少し楽しい時間を過ごしたかったから。
プール近くの定食屋に入ったけど、これがまた美味しかった。家からちょっと離れているけど、近くに来たらまた寄りたい……そう思わせる美味しさだった。
そして今、俺は風呂から上がり、服を着たところだ。
リビングに戻ると、きっと那月さんは俺を待っている。いつもそうだ。那月さんは寝るために部屋に戻るときは、決まって俺と一緒のタイミングでリビングを出る。
それは俺も同じだ。俺だけ先にリビングに戻るのもなんか味気ないというか……。
もちろん那月さんに合わせてる……なんて思ったことはない。俺の意思でやっていることだから。
那月さんも、そうだったら嬉しいけど、真意はわからない。
それはさておき、やっぱり今日は……ここからリビングに戻るの、すごく緊張する。
那月さんに俺の過去を……『振られ神』と呼ばれていたことを話すと決めたけど……やっぱり思い出して気分のいいものじゃない。
ドアノブを持つ手がちょっと震えている。それはすなわち、マユさんが『呪い』と表現した俺の過去に打ち勝てていない証拠。それははっきりと自覚している。
でも、それと同時に、前よりもこの呪いに抗えているのも自覚している。
去年、司と椿、そしてマユさんに話した時に感じていた恐怖や辛さ……それと比べると今はまだマシな方だ。
もしかしたら緊張の方が強いのかもな。
中学以来、本気で好きになった人に、この話をするから……この話を聞かされて、那月さんがなんて思うのかがわからないから。
那月さんと暮らしはじめて四ヶ月くらい……那月さんの性格は知っているけど、これは本当に未知数だ。
正直怖い。万が一にも那月さんが引いてしまったらと考えると。
でも……逃げたくない。
那月さんは俺の好きな人で、パートナーだ。
那月さんはいきなり俺の過去を聞かされて、きっとびっくりするだろう。
俺の最終目標は那月さんと付き合うことだ。だけど、いつまでも『振られ神』の過去を怖がっていたら……那月さんに話さないでいたら、いつまで経ってもその目標は叶えられない。
だから言う。
困ってしまうかもしれないが、エゴだろうがなんだろうが、話す!
俺は一度深呼吸をして、ドアノブを持っている手に力を入れ、ノブを回して脱衣場を出た。
そしてその足を止めずにリビングダイニングに入る。
すると、そこにはソファに座ってテレビを見ていた那月さんがいた。Tシャツとショートパンツ姿で、肌の露出が多い。
そして扉の開く音が聞こえたのか、那月さんはこちらを向き、笑顔で立ち上がった。
「おかえり、祐介くん」
「た、ただいま。那月さん」
那月さんの近くまで行くと、テーブルの上に飲み物が入ったグラスが置かれていた。色からして麦茶だ。
それに、一緒に入っている氷も大きいし、外側に水滴もついていないから、つい今しがた入れたんだ。
「那月さん、これ……」
「うん。お風呂で火照った体をこれで冷ましてね」
那月さんはにこっと笑いかけてくれて、それを見た俺も自然と笑顔になった。
「ありがとう……那月さん」
確かに風呂上がりで火照っていたし、これから話す内容を考えるとどうしても緊張して、喉がカラカラになっていたので、俺は立ったままグラスを持ち、中に入っている麦茶を三分の二くらい一気に飲んだ。
「ゆ、祐介くん!? そんなに一気に飲んだらお腹壊しちゃうよ!?」
「心配してくれてありがとう那月さん。ちょっと、緊張してて……」
「え……緊張って?」
俺を心配してくれていた那月さんの動きと表情が一瞬ピタリと止まるが、俺は話を続ける。
「うん。……ちょっと、那月さんに聞いてほしいことがあってね」
これを言ってしまえば、もう後戻りはできない。前に進むだけだ。
「き、聞いてほしいこと!?」
那月さんはちょっと大袈裟に驚いていて、顔も赤くなっていた。なぜだろう?
考えても仕方ないので、俺は手で那月さんに座るよう促し、俺も那月さんの隣に座り、また少し麦茶を飲んだ。もう麦茶はほとんど残ってなくて、氷のカランという音が大きく聞こえる。
「お、おかわり、いる?」
「あ……うん。お願いします」
普段なら自分でするけれど、心を落ち着けたかったから、那月さんにお願いした。
那月さんは嫌な顔せず、むしろ笑顔で「わかった。待っててね」と言い、ソファから立ち、麦茶を入れてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。那月さん」
那月さんがまたソファに座り、俺が那月さんの入れてくれた麦茶をまた少し飲み、ゆっくりとグラスをテーブルに置いたところで、俺は意を決して那月さんを見る。
俺が真剣な表情をしているのを見て、那月さんはまた頬を染めて居住まいを正した。
「……聞いてほしいのは、俺の、過去のことなんだ」
それを聞いた那月さんの頬は途端に熱を引き、目を見開いた。
「祐介くんの、過去……」
「そう。俺が中学時代から抱えるトラウマ……『振られ神』と呼ばれていた頃のこと……」
「ふ、『振られ……神』……?」
「うん。……!」
俺は一度瞑目し、口を真一文字にし、深呼吸をして、過去のことを、ゆっくり話し始めた。
祐介くんの過去……それは私が一番知りたかったこと。まさかその機会がこんなに唐突に巡ってくるなんて。
もしかしたら告白!? って考えていた数分前の自分を消し去りたい。
好きな人の過去を知れる。生半可な気持ちで聞いちゃダメだ。祐介くんが勇気を出して話してくれるんだから、私もその覚悟に応えるよう真剣に、一字一句聞き漏らさない心構えで聞かなきゃ。
祐介くんの過去の辛さを知って、私がその辛さを一緒に背負うためにも……!
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