第141話 高いところが苦手で……

 波のプールを堪能した俺たちが次にやってきたのは、ウォータースライダーだ。

 このプールの目玉と言ってもいいアトラクションで、十五メートルの高さから滑り出す全長百メートル越えのスライダーだ。全体的に傾斜は緩やかだけど、所々に少しだけど傾斜が急な箇所がある。

 コースがくるくるしている所もあれば小刻みなS字になっているところもある、子供や絶叫系が苦手な人にはちょっとびっくりするスライダーだ。

 俺は高いところや絶叫系は別に平気だけど、那月さんはどうなんだろう? その辺りは聞いたことがなかったからわからないや。

「祐介くんは高いところ、平気?」

 相変わらずラッシュガードを羽織っている那月さんが笑顔で俺に聞いてきた。

 この笑顔なら、那月さんも平気っぽいな。ちょっと安心だ。

「俺は平気。那月さんは?」

 でもまぁ、平気だと思うけど聞き返すのは大事だと思って、同じ質問を那月さんにした。

「私もへ…………あ」

 ん? なぜか那月さんが言葉を途中で止めて、ハッとした顔をしている。

 一度顔を俯けたかと思ったら、すぐにまた俺を見た。苦笑いをしていて眉が下がっている。

「じ、実は、高いところが苦手で……」

「あ、そうなんだ……」

 なんかさっき『へ』って聞こえたけど、聞き間違いかな? それとも『平気』と言おうとしたけど、痩せ我慢するより俺にはちゃんと打ち明けようと思った……とか?

 もしそうなら、ちょっと特別感があってちょっと、いや、かなり嬉しい。

 だけど、高い所が苦手なら無理にウォータースライダーをやる必要なんてない。まだ行ってないプールもちょっとあるし、また流れるプールや波のプールで楽しむのもありだ。

 那月さんとならどんな場所でも特別楽しいから。

「じゃあ、戻る?」

 那月さんに怖い思いはさせられないと思い、階段を上っている途中だったけど、引き返す提案を那月さんに出してみた。

 だけど、那月さんはふるふると首を横に振った。

 そして那月さんの顔が赤い。怖いなら赤くならないんじゃ……。

 そんな疑問が頭をよぎった直後、なぜか赤面している那月さんが遠慮気味に言った。

「その……よかったらで、いいんだけど……手、繋いでほしい」

 那月さんは自身の右手を差し出した。

「……え?」

 突然のお願いに理解が追いつかず、数拍開けて素っ頓狂な声を出してしまい、遅れてドキッとする。

 那月さんと、手を繋ぐ? 彼氏彼女のフリをするんじゃなく、この状況で?

 俺としてはもちろん嬉しい。好きな人と手を繋げて嬉しくない男なんているはずがない。

 あ、でもその断言はちょっと自信なくなってきた。那月さんの元カレたちみたいなのがいるから……。

 いやいや、今はそんなことどうでもいい。プールで那月さんや友達と楽しく過ごしているのに、元カレたちのことを思い出したら気が滅入る。

 今は那月さんのお願いをどうするかだけど……。

「ゆ、祐介くんが手を繋いでくれたら、怖くなくなると、思うから……」

「っ!」

 俺が何も言わずに思考していると、那月さんが追撃をしてきた。

 つまりは、俺と手を繋ぐと那月さんは高所恐怖症を紛らわせる……でいいんだよな?

 視線を那月さんの手から顔に移動させると、那月さんは上目遣いでじっと俺を見ていたので、さらにドキドキする。那月さんは俺より身長が低いし、今は二段下にいるから必然的に上目遣いになるんだけど。

 と、とにかく、ここまで言われて手を繋がない選択肢はありえない。

「わ、わかった。お、俺でよければ、喜んで」

 俺は自分の左手を水着でゴシゴシとふく。

「祐介くんだから、手を繋ぎたいんだよ」

 那月さんから何か聞こえたと思ったけど、空耳かと思って特に気には留めなかった。

 俺は左手を出し、今回は俺の方から那月さんの手を取った。

 以前、彼氏彼女のフリをした時は那月さんから手を繋いできたから、今回はと思ってやったんだけど、ちょっとぎこちなくなってしまった。

「っ!」

 那月さんの手を取った瞬間、那月さんの体がちょっと跳ねた。

「だ、大丈夫?」

「う、うん。へ、平気」

 それにしては顔の赤みがさっきよりも増してる気がするけど、それは俺も同じだから言わないでおこう。

「じゃあ、行こうか。那月さん」

「うん!」

 那月さんと手を繋いだ俺は、那月さんが怖がらないようペースを落として階段を上った。


 ご、ごめんね祐介くん。私も本当は高所は平気なんだけど、途中で祐介くんと手を繋げるかもと思って、咄嗟に嘘をついちゃった。

 ちょっと悩ませてしまったけど、それでも祐介くんは私と手を繋いでくれた。しかも祐介くんの方から私の手を取ってくれて、すごくドキドキした。

 階段を上りきったら、きっと手を離してしまうけど……離したくない。もっと、祐介くんに触れていたい。

 滑る時に頼んだら、祐介くんはまた手を握ってくれるかな?

 ちょっと、頼んでみよう。

 私はいろんな意味でドキドキしながら、祐介くんと手を繋いでゆっくりと階段を上った。

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