第139話 聞いてほしいことが、あるんだけど
流れるプールを流れはじめて四分の一周くらい進んだ頃。俺と那月さん。
「祐介くん。これ楽しいね」
「そ、そうだね那月さん」
那月さんは言葉の通り楽しんでいるようだが、那月さんの後ろで浮き輪を持って流れている俺は……まぁ、楽しんでいるけど、それよりも心が落ち着かない方が強かった。
那月さんの白く綺麗な背中、そしてうなじが目に入ってしまうから……!
一、二分くらい前……この流れに身を任せはじめたばかりの俺は、那月さんの顔や女性特有の部分を見ないから落ち着けるだろうと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
那月さんの背中もうなじも、これまで見たことがなかったから、いざそれが目の前に……文字通り手の届く距離にあるんだから、ドキドキしてすごく落ち着かない。
さっきから心臓の音がヤバい。周りの声や音がなければ、那月さんに聞かれても不思議じゃないくらい強く、早い。
中学時代の当時、あの告白した相手のことを思ってもドキドキした記憶はあるけど、ここまでじゃなかった。
つまりは、その当時の相手……三ノ宮さん以上に、俺は那月さんに恋焦がれている……んだ。
那月さんが好き。
このどうしようもない気持ちの奔流はもう止めようがない。告白はできないけど、日に日に大きく、強くなっていってる。
……そうだ。俺が告白に踏み込めない最大の理由、『振られ神』のこと……那月さんにはまだ伝えてない。
那月さんは俺と同居をはじめる前に話してくれたのに、俺はただ『地元にいい思い出がない』とかしか言ってない。
……それで、いいのだろうか?
那月さんはパートナーだ。彼氏彼女ではないにしろ、同居をしているという意味では間違いなく俺たちはパートナー……対等な存在なはずだ。なのにいつまでも俺の過去を話さないのは……対等じゃない。
いつぞや司が言っていたけど、那月さんは俺の『振られ神』の話を聞いて、それで俺を嘲笑ったり、バカにする人では断じてない。それは俺が一番理解している自負がある。
だけど、いくら那月さんがバカにすることはないにしろ、やっぱりこの話を打ち明けるのは……正直ちょっと怖い。
司や椿、マユさんに話すのにも一年近くかかったし。
那月さんと付き合うのが、今の俺の最終的な目標だ。そう思っている相手に隠しごとは……したくない。
だけど……やっぱり話すとなると、思い出すとなると怖い。
現に今、浮き輪を持っている手に力が入っていて、ちょっと震えている。
「祐介くん、どうしたの?」
「……え?」
那月さんの声が聞こえて、いつの間にか俯いていた俺は那月さんを見る。
すると、那月さんは俺を不思議そうな表情でじっと見ていた。
「背中が浮き輪にちょっと引っ張られる感覚があったから……考えごと?」
「あ、うん……ごめん」
浮き輪をギュッと握っていたのを、那月さんに気づかれてしまったようだ。
「ううん。もし悩みがあるなら力になるから、なんでも言ってね」
そう言って、那月さんはにこっと微笑んだ。
那月さん……きっと心からの言葉なんだろうな。他意はないとわかっているけど、やっぱり嬉しい。
「ありがとう。じゃあ、その……ちょっと聞いてほしいことが、あるんだけど……」
那月さんが作ってくれた流れに便乗する形になってしまうが、ここをきっかけにするのが最適だと判断した俺は、ちょっと真剣な顔で那月さんにそう言った。
「き、聞いてほしい……こと?」
那月さんは体も表情もピシッと固くなった。なぜ?
「う、うん。でもここじゃなんだから、その……あとで、二人きりの時に」
「っ!」
那月さんの顔が一瞬で赤くなった。頭上に湯気が出た気もするけど……なんで?
「わ、わかったよ」
それだけ言うと、那月さんはすごい速さで正面を向いた。
それからすぐに、つかつばカップルが合流して四人で流れるプールを楽しんだ。
……あれ? マユさんは?
『ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど』
『二人きりの時に』
さっき祐介くんが言った言葉が頭から離れない。顔がすごく熱くてドキドキが止まらない。
もしかして祐介くん……こ、告白をするの!?
え? えっ!? 嘘っ!?
すごく嬉しい……嬉しいけど、いつでもOKを出す準備はできてるけど、このタイミングで?
祐介くんを振り向かせているとは思えないし、それにトラウマは? 克服できたの?
真夕さんも、トラウマを克服しない限りは誰かと付き合うことはない的なことを言ってたし。
だとすると、本当に告白なのかな?
わからないけど、でも心の準備だけはしっかりしておこう。準備をした上で、今はみんなと、そして祐介くんとこのプールを楽しもう。
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