第138話 見守っとこうぜ

 流れるプールに戻ってきた。司たちは……近くにはいないな。きっと楽しんでいるに違いない。

 まずは俺だけ浮き輪を持ってプールに入る。

 おぉ……なかなか冷たいな。でも気持ちいい。

 流れる強さも本当ゆったりで、しっかり地に足をつけていたら流されることはないくらいだ。

 俺はしっかり浮き輪を手で掴み、那月さんを見上げる。

「さ……な、那月さん。ど、どうぞ」

 ほとんど真下から見る那月さん……色々とヤバい。割と早いスピードで顔を上げたつもりだったんだけど、それでも那月さんの細い脚を見た瞬間にドキリとして顔が熱くなった。

 そこから腰、胸、鎖骨、那月さんの顔と……時間にして一秒ほどの一瞬なのに、そのわずかな時間で心臓は一気に鼓動を強め、俺の脳裏にはしっかりとこのアングルからの那月さんの姿が記憶された。俺……変態じゃん。

「う、うん」

 那月さんは俺を見て頷き、後ろを向いた。

「っ!」

 俺の視界に那月さんのお尻が入り、これ以上はマズいと思い目を瞑る。くっ……やっぱり俺は変態なのか!?

 目を瞑って十数秒で、手に浮き輪がちょっと沈む感覚があった。どうやら那月さんが無事に浮き輪に乗ったようだ。

 俺が目を開けると、目の前にお団子にされた、那月さんの美しいライトブラウンの髪があった。

 ちょっとびっくりしながらも、俺は那月さんに声をかけた。

「那月さん。乗り心地はどう?」

「うん。いい感じだよ……」

「っ!」

 那月さんは振り向いて笑顔を見せてくれたんだけど……ち、近い! 那月さんの顔が俺のすぐ眼前に!

 大きな目に長いまつ毛。小さい鼻もぷるんとみずみずしい唇もマジで近くにある!

 こんな至近距離から那月さんの顔を見るの……初めてじゃないか?

 顔を近づけた経験はあるけど、俺は先日のあの耳打ちをしたのが初で、あれは那月さんの顔を見るためじゃなくて謝るためだったから、意識してなかったけど……那月さん、改めて見ないでもやっぱりめちゃくちゃに綺麗だ。

 そして視線をちょっと横に移動するだけで、那月さんの立派な谷間が……!

 このアングルからの破壊力は非常によろしくない! いや、そもそも俺が那月さんの谷間を見たのはこれが二回目だ。だからどの角度から見ても俺の理性にかなりのダメージが入る。

 これ以上那月さんの顔も、胸もこんな至近距離から見ると危険と判断した俺は、慌てて顔を上に向ける。

 その際に一瞬だけ、那月さんの後頭部が目に入った。どうやら那月さんも俺を見るのはやめていたようだ。

 那月さん。こういうのにまったく動じないのすごいなぁ。元カレたちはクソみたいなやつばかりだったけど、それでも恋愛上級者は違う。

 俺と近くで目が会った瞬間に目を見開いていた気もするけど、それも俺の顔が近かったからびっくりしただけだな。

 ちょっと冷静になってきて思った。

 俺たち、流れるプールに来てまだ流されていない!

 俺だけドキドキして突っ立ってるだけじゃ、那月さんは楽しめないよな。

 それに近くを流れてる人たちの迷惑になるし。

「な、那月さん。行こっか」

「えっ? う、うん……お願い、します」

 なぜ敬語? って思わないでもなかったけど、特に気にせずに俺はゆっくりと歩き出した。


 ゆ、祐介くんの顔……近かった……!

 浮き輪に乗って、祐介くんに声をかけられたから振り向いたら、祐介くんの顔が本当に近くにあって、びっくりして心臓が跳ねた。その後も心臓は落ち着いてくれなくて、早く、強くなっていって、全然落ち着いてくれない!

 多分、私の顔はすごく赤くなってるから、こんな顔を祐介くんに見せられないと思った私は、すぐに正面を向いて目を閉じた。

 でも、目を閉じたのがいけなかったのか、視界情報が遮断され、私の脳内にさっきの祐介くんの顔が思い出された。

 祐介くん……驚いていたなぁ……。

 すぐに目を離しちゃったからわからないけど、ドキドキ、してくれたのかな?

 もう少し、祐介くんの顔を見ておくべきだったかな? 私もドキドキしている顔を見られてたと思うけど……。

 それから少しして祐介くんに声をかけられ、私が乗った浮き輪が、ゆっくりと流れはじめた。

 あ、思ってたよりも楽しい。


「……ねえつーくん。あのふたり、なんで付き合ってないの?」

「さあ? 別にいいんじゃないか? どうせいずれ付き合うんだから見守っとこうぜ」

 祐介たちの少し後ろを流れていた司たちは、初々しさ全開の祐介たちを見て、スーパー銭湯でもした似たような会話を繰り返していた。

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