第137話 自覚なしかよ

 俺たちは流れるプールにやってきた。横長のドーナツ状になっている大きいプールには、親子連れやカップル、友達連れなどけっこう……人がいる。

「えっと、司たちは……」

 俺は司たちを探すために流れるプールをキョロキョロと見渡すと、わりとすぐに見つけることができた。

「あ、いた!」

「おー、祐介、九条さん」

 司たちも俺たちを見つけ、椿とマユさんが手を振ってくれている。

 というか……椿が浮き輪に乗って浮かんでいて、司がその浮き輪を押している。

 え? 浮き輪なんて持ってきてたのか? ここに来る途中でも、そんな話はしてなかったのに……。

 司たちは一度プールから上がり、俺たちの元へやってきた。

「すみません皆さん。お待たせしました」

「いえ、こちらこそ先に楽しんじゃってますから言いっこなしですよ九条さん」

 みんなで集まった途端に那月さんが頭を下げ、司がそれをフォローしている。

「それにしても九条さん……その水着、いいですね。似合ってますよ」

「ありがとうございます新くん」

 そしてその流れでさりげなく水着も褒める。なんてスマートな流れなんだ。少なくとも今の俺には真似できそうもない。

「ねー! 那月さん何着てもほんっとーに似合うよねー!」

 椿も、他の女性を褒めた彼氏を咎めるわけでもなく、その流れに乗っかった。多分、そのスマートさ故に他意はないとわかっているからだろうな。

 俺も、ちょっとは見習わないと。

「ふぅ……インドア派にはけっこうこたえるね」

 少し遅れてマユさんがやって来た。ちょっと息を切らしている。

 休みはあまり家から出ずにオタ活してるって言ってたから、久しぶりのレジャー施設でちょっとお疲れのようだ。

 大丈夫かな? まだまだ来たばかりだけど……。

「那月さん。祐くんも水着、褒めてくれたんですよね?」

 ここで突然俺の名前が出てドキリとする。というかなんでそんな確認をしているんだ!?

「ええ。褒めてくれました」

 そう言った那月さんの表情はどことなく嬉しそうだ。なぜ?

「え~、なんて言ったんですか~?」

「それは私も気になるから聞きたいですね」

 椿とマユさんは那月さんにススス……と近づき、那月さんの両サイドに移動した。ふたりとも、こっちをニヤニヤしながら見ないでください!

「そんなに聞きたいですか?」

 ふたりのこのノリに、那月さんが慌てたりツッコミを入れている場面を何度か見ているけど、今回の那月さんはこのイジりに対してもなんだかちょっと嬉しそうだ。マジでなんでだ?

「聞きたいです!」

「私も同じく」

「ふふ、教えません」

 那月さんはふたりのお願いをやんわり拒否し、俺を見て目を細めた。

「っ!」

 そのあまりの可愛さ、そして美しさに、俺は息を呑んだ。

 それに、これは確実に俺だけが都合よく解釈しているのはわかってるんだけど……みんなに教えないってことは、つまりふたりだけの秘密……みたいな感じで、そう思うとドキドキする。

「え~聞きたいです!」

 椿は那月さんの手首を持ってブンブンしている。那月さんの胸も揺れてるから目に毒だ。

「というか、イチャイチャするなら私たちのいないところでして下さいよ」

「イチャイチャなんてしてないでしょう!」

「そ、そうです真夕さん! それに私たち、離れてますし」

「そうです! 那月さんの言う通りですよ!」

 そもそも離れていてどうやってイチャイチャするんだよ? イチャイチャするっていうのは、椿が那月さんにまだしていることを言うんじゃないのか? いや、あれはじゃれつきか……?

「マジか……自覚なしかよ」

 司がボソッと言った一言は、周りの話し声にかき消されて届かなかった。


 このままだと、俺たちは三人にイジりたおされてしまいかねないという危機感があったので、咄嗟に思っていたことを司に聞いてみることにした。

「そういえば司。浮き輪なんて持ってきてたのか?」

 浮き輪を持ってきているだなんて、司も椿も一言も言ってなかったし、俺たちにカナヅチはいないはずだから、持ってくる意味もなかったんじゃと思ったけど、このあとすぐに、俺は考えを改めることとなる。

「ああ、これはレンタルだよ。入り口近くで貸出してるみたいだから、お前も借りてくればいいよ」

「いやでも、俺も那月さんも泳げるし……」

 俺がそこまで言うと、司が俺に耳打ちをした。

「お前さっき、俺と椿のこと見てただろ? アレを九条さんとできるかもしれないぜ?」

「……」

 さっきのアレ……椿が浮き輪に乗り、司がそれを押していたアレか。

 確かにアレは楽しそうだったしやってみたい。

「だけどアレって、カップル専用の遊びじゃないのか?」

 付き合ってもいない男女がやるには、ちょっとハードルが高い。誘うのにも勇気が必要になる。

「なんだよカップル専用の遊びって。んなわけあるか。いいから誘え。誘って九条さんと仲を深めて思い出を作れ」

 司は俺の背中をバシッと叩いた。

 その音に気づいたのか、女性陣で話をしていた那月さんと目があった。ちょっときょとん顔の那月さんもまた可愛い……。

 でも、司の言う通りかもしれない。夏休みに入ってから昨日までは普通の生活で、ほとんどが家かバイト先で過ごしている。

 来週には実家に帰るんだ。そうなるとこっちに帰ってくるまで会えないから、思い出も何もあったもんじゃない。

 夏祭りというイベントが今月の下旬にあるけど、まだ誘ってないし誘っても一緒に行ってくれるかわからない以上、ここで頑張るしかない!

「わ、わかった。俺もちょっと借りてくるよ」

「おう!」

 俺は司から離れ、女性陣の方へ行き、那月さんに声をかける。

「那月さん。俺、浮き輪を借りてくるから、みんなと楽しんでて」

「あ、じゃあ私も行く」

「え、でも……」

「行こ、祐介くん」

「あ、う、うん……」

 那月さんはにこっと笑い、歩きだした。

 俺も那月さんの後を追い、ふたり並んでレンタル場まで行き、浮き輪を借りてまた戻ってきた。

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