第135話 しっかりやるんだよ
「さて、じゃあ最初はどこから行く?」
会話も一区切りがつき、いよいよプールに入ろうということになる。そうなると最初にどのプールに行くかという問題になる。
流れるプールや人工的に波を発生させるプール、ウォータースライダーもある。
「やっぱり最初は流れるプールじゃない!?」
ここで一番に言ったのは椿だ。元気に手を挙げている。
「まぁ、最初はやっぱそこか。みんなもいいですか?」
「もちろん」
「はい」
「私も大丈夫だよ」
満場一致で、最初は流れるプールを楽しむことが可決された。
「じゃあ、流れるプールに向けて、しゅっぱ~つ!」
椿の掛け声とともに、流れるプールに向けて歩き出す俺たち。
「あっ! 待って祐介くん!」
だけどすぐに、俺は那月さんに呼び止められた。
後ろを振り返り那月さんを見ると、那月さんは頬を染めて慌てた表情をしていた。
「……那月さん?」
「……その、椿さん、真夕さん、新くん。申し訳ないのですが、三人は先に移動していてもらえませんか?」
「……え?」
どういうことだ? なぜ俺だけ残して三人を先に行かせようとしているんだ?
どこか必死な感じもするし、一体何をしようとしてるんだろう?
司たちを見ると、なぜかみんなニヤ~っとした笑みを浮かべていた。え? なんなんだ……?
「わかりました! じゃあ私たちは先に行ってますね!」
「俺たちは先に楽しんでるので、気にせずゆっくりでいいですからね」
「祐介くん。しっかりやるんだよ」
「は、はぁ……?」
状況が飲み込めずにいると、マユさんと椿が那月さんに近づいて耳打ちをした。
「頑張ってください那月さん」
「祐介くんはきっと自分からは言わない……というか言えないと思うので、そこは那月さんがうまく誘導してくださいね」
「わ、わかりました。頑張ります」
一体何を耳打ちしてるのかはわからないが、那月さんの頬の紅潮が少し濃くなった気がする。
それから三人は本当に俺と那月さんを残し、流れるプールに向かってしまった。
そして出入り口付近には、俺と那月さんだけが残った。
まぁ、厳密には俺たちの周りに人がいっぱいいるし、みんなもれなく那月さんを見てるし……。
しかし、俺だけを残した那月さんの意図がまったく読めない。
一体那月さんは何をしようとしているのか……。
ふたりだけでプールを楽しみたい……はないよな。いきなり友達と別行動を取るなんて那月さんらしくないし、俺も三人に申し訳なさを感じる。
それにそれは俺の願望だ。俺に特別な感情を抱いていない那月さんがそんな行動を取るなんてことはまずありえない。
それにしても那月さん……どうしてそんなにもじもじしてるんだ?
何か言いにくいことでも言うつもりなのかな?
横目に入る他の人は、やっぱり那月さんを見ている。チラ見ではなくガン見だ。
中には彼女連れの男もいるのに、そいつらも那月さんに目を奪われている。
そしてそんな彼女さんたちは彼氏に怒ったりしている人ばかりかと思いきや、一緒に那月さんを見てる人や、「本当……どこかのモデルさんかな?」と、彼氏に共感している人までいる。
那月さんを見たあとは、必ず俺も見られる。絶対に彼氏と勘違いされている。
いや、嬉しいよ。こんな美人な人の彼氏と間違えられてめちゃくちゃ光栄だよ。俺、那月さんは異性として好きだし。
嬉しいんだけど……いや、よそう。
『俺なんかが那月さんの彼氏に間違えられて那月さんに申し訳ない』なんて考え、持っちゃダメだよな。
俺は、那月さんと……つ、付き合いたい。
こ、告白は……まだできそうにないけど、それでも俺の最終目標はそこなんだ。
そんなネガティブな考えは、捨てなきゃいけない。少なくとも、今は考えないように意識しないと。
「あ、あの! 祐介くん」
「は、はい!」
突然大きな声で呼ばれてびっくりしてしまった。
那月さん……決意が決まったような、そんな表情をしている。
え? 今から言う……もしくはしようとしていることは、そんなに覚悟がいることなのか?
「「……」」
那月さんは頬を染めたまま真剣な表情で、そして俺は驚きと、若干の戸惑いで数回瞬きをしながらお互いを見る。
「……!」
そして数秒もしないうちに、那月さんは少しだけ眉を吊り上げ、右手を動かし、ラッシュガードのファスナーを持った。
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