第134話 忘れてるぞ
マユさんと椿が合流してからしばらくして、那月さんも合流したんだけど……ヤバい、那月さんを直視できない。
ラッシュガードで水着は見えないけど、それを差し引いても、自然と那月さんに目がいってしまうし、釘付けになる。今は見てないけど、気を抜くとマジでずっと見てしまいそうになる。
普段あまり見ないお団子にしたヘアスタイル。ラッシュガードのファスナーをほぼ閉めているけど、それでも隠せない那月さんの大きな胸部。上は隠せているけど、下は全然で、那月さんの白く、細く長い脚は完全に露出している。
最近は那月さんの生脚を見る機会が増えてきているけど、何度見たって慣れるものじゃないし、今だってドキドキしてる。
俺は那月さんに惚れているが、それでも毎日見ている俺でこの有り様なんだ。周りの男どもが那月さんを見ないわけがない。
現に今、通り過ぎる男のほぼ全てが那月さんを見ている。
それに、「なんだあの美人!?」とか、「レベチすぎないか?」とか、「お前、声かけろよ」、「嫌だよ。絶対にデートだろ」、「バカお前! 女の数が多いからあの美人はフリーかもしれないだろ!」なんて声が耳に入る。
確かに那月さんはフリーだから、集団で遊んでいても声をかける権利は誰にだってある。
だけど、あんな下心しかないヤツらに那月さんが声をかけられる場面を見るのは面白くない。
俺もまぁ……今は下心がめちゃくちゃあるから、あまり人のことは言えないんだけど、それでも俺は那月さんに信頼されている……はずだ。
なら、那月さんが嫌がらないのなら、今回も弾除けになるまでだ。
俺はうるさい自分の心臓を無視し、唾を飲み込んで一歩、また一歩と歩を進めた。
「あ……」
那月さんが小さく声を発したが、気にせずに俺は、那月さんの隣に立った。
これで周りも、俺が那月さんと何らかの関係にあると認識してくれるはずだ。
周りを見ると、那月さんを見たあとに必ず俺も見られる。こんな美人の隣に立ったんだから、覚悟はしていたけど、睨んでくるやつも少数いるからちょっと腰が引けそうになってしまうのを堪える。
那月さんは……俯いていて表情はわからないが、とりあえずは嫌がってないみたいでよかった。
「祐くん……自分から行動するなんて……成長したね!」
「あ、ありがとう……?」
椿は実際に泣いていないのに、指で涙を拭うフリをした。
マユさんも腕を組んでうんうんと首を縦に振っている。
那月さん以外は俺の過去を知っているけど、なんでお母さんやお姉さん目線なんだろう?
「確かにそこは成長してるとは思うが……祐介。お前、肝心なことを忘れてるぞ」
「肝心なこと……?」
一体何を……。
「お前、九条さんの格好に感想を言ってないだろ」
「あ……」
ま、またやってしまった!
俺ってやつは、どうしてこう……同じ轍を踏んでしまうのか……。
しっかりしろ『振られ神』!
ちょっと頭と心を整理して那月さんを見ると、那月さんも俺を見ていた。
な、那月さんの上目遣い……それだけで心臓が痛いくらいドキドキする。
しかし、那月さんはどういう心境なんだ? なんでそんなに感想を言ってほしそうに見ているんだ?
わ、わからんが、とりあえず無言はタブーということだけはわかる。
えっと、水着……は見えないから、ラッシュガード姿を褒めたらいいのかな?
「な、那月さん」
「う、うん……」
「その……ラッシュガード、よく似合ってます。それに、お団子にしてる髪も……」
「……あ、ありがとう。祐介くん」
那月さんはそれだけ言うとプイッとそっぽを向いてしまった。
俺の感想に不満というわけではなさそうだけど、もうちょっとアレンジをきかせた方が良かったかも。
そもそも那月さん相手に、感想にアレンジを持たせるなんて考える余裕なんてないんだけど。
でも、とりあえずミッションをこなせたと思ったら、那月さんがボソッと俺の名前を呼んだ。
「ゆ、祐介くんも……」
「え?」
「祐介くん……意外と体、鍛えてるんだ」
「ひ、人並みだと思うけど……」
俺の腹筋は微かにだけど割れている。当時の嫌な記憶を紛らわせるために筋トレしてたからな。
「初めて見たけど……びっくりしたけど……いいと、思うよ」
「っ! あ、ありがとう……那月さん」
俺がお礼を言うと、那月さんはまたそっぽを向いてしまった。
な、なんか身体が熱いな! 早くプールに入りたい。
「いやぁ、青春ですなぁ」
「本当にな」
「やっぱり、見ていて飽きないね」
三人からそんなセリフが聞こえてきて、司たちを見たら、なぜか三人とも生暖かい目で俺たちを見ていた。どういう心境なんだ?
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