第132話 最初に言う相手を間違えてるよ

「おー! いいな椿! 可愛いぞ!」

「ありがとつーくん♡」

「仁科さんも似合ってますよ」

「ふふ、椿ちゃんのついでとはいえ、やはり褒められるのはいいものだね。ありがとう新くん」

 マユさんと椿が俺たちと合流したけど、マジで那月さんが来ない。

 入り口をじっと見てるけど、那月さんらしき人は見当たらない。

 どうしたんだろ? まさか、体調でも悪くなったのか!?

「……祐介くん。そういう態度はいただけないな」

「そうだよ! この水着姿の美女二人を無視するのはマナー違反だよ!」

 俺がキョロキョロと那月さんを探しながら冷や汗をていると、マユさんと椿が俺にお叱り言葉を浴びせてきた。

「え?」

 二人を見ると、マユさんは腕を組んで、椿は頬を膨らませながら俺を睨んでいた。

「あ……」

 それを見て、俺は違う意味でまた冷や汗をかいた。

「那月さんは準備に時間がかかってるみたいだからまだ来ないよ」

「ほんっとーに祐くんは那月さんしか頭にないんだから……。那月さんが来る前に、私たちの水着もちゃんと見てよ」

「ご、ごめんなさい!」

 俺は頭を下げて謝罪し、ゆっくりと頭を上げてマユさんと椿を見る。

 マユさんは黒の、所謂タンキニ……タンクトップ・ビキニだ。

 トップ部分はキャミソールみたいになっていて、マユさんの白く細い腕から肩にかけての露出が多い。

 スレンダーなマユさんにとてもよく似合っている。

 対する椿は赤のビキニだ。

 いつも元気いっぱいな椿にピッタリなカラーでかなり似合っている。

 椿もスタイルが良いから、気を抜くと顔よりも少し下……なかなかボリュームのある谷間に視線が吸い寄せられそうだから注意しないと。

 それ以前に、女性の水着なんて授業でしか見たことがないから、マジでどういう……どこを見たら良いのかもわからなくなる。

「その……二人ともとっても綺麗で、よく似合ってます」

 俺は照れながらも率直な感想を口にした。照れてしまって顔を斜め下に逸らしたのは許してほしい。

「月並みだけど……ありがとう祐介くん」

「祐くんありがとー! でもちょっと減点だよ」

「え……っ!」

 椿が腰に手を当て、前屈みになりながら俺に注意してきた。

 そ、その格好は……さすがに……!

「え、えっと……減点って、な、なんの……?」

 もっと具体的に言えとか、ひねりのある感想を求めているのか? お、俺にはこれが精一杯だって……!

「綺麗って言ってくれたのは嬉しいけど、その言葉を最初に言う相手を間違えてるよ」

「そ、そう言われても、那月さん、まだ来てないし……二人を褒めないとってことしか、頭になかったから」

 今考えたら、俺も最初は那月さんに「綺麗」と言いたかったってのはある。

 だがしかし、言葉を選ぶ余裕もなかったのもまた事実だ。

「椿。その九条さんはどうしたんだ?」

 椿の元に移動して、椿の手を取りながら司は言った。

 す、すごく自然な流れで手を繋いだな。こういうスマートさは俺にはないものだから、俺もそういう所作は手に入れたいと思う。

「那月さんは準備に時間がかかってるんだよ」

「準備? も、もしかして九条さん……とんでもない水着を───」

「残念ながら普通の水着ですー! 準備っていうか……」

 そこで言葉を区切り、椿は司の耳に顔を近づけ、何やら耳打ちをした。

「……あぁ、そういうこと」

「うん! そーゆーこと」

 つかつばカップルはそれだけ言うと、なぜか俺をニヤニヤしながら見てきた。

「な、なんだよ……?」

「いんや別に~?」

「なんでもないよ~」

「……なんでもないって顔してないけど」

 あからさますぎて逆に疑われないのが不思議なくらい、つかつばカップルは俺を見てニヤニヤしている。

「まぁまぁ祐介くん。いいじゃないか。そんな些細なことは気にせずに、那月さんを……ん?」

 マユさんが俺の肩に手を置いた時、プールの出入口からざわめきが起こった。

 それを聞いて、マユさんは俺の肩から手を離した。

 そちらの方を見ると、ほとんどみんなそちらを見ている。

 なんだ? 一体何があったんだ?

「どうやら、来たみたいだね」

「やっと準備できたみたいですね!」

「おぉ! ついにか!」

「……」

 マユさんと椿のこの口ぶり……那月さんがこっちにやってきている!?

 や、ヤバい……めちゃくちゃ緊張してきた!

 こ、こんなに周囲の視線を釘付けにしてしまう水着……! い、一体どんな水着を那月さんは選んだんだ!?

 そうして出入口を眺めること、体感二十秒ほどで、ついに那月さんが出てきた!

「……!?」

 俺が見た那月さんは、長く美しいライトブラウンの髪をお団子に束ね、水着……の上にラッシュガードを羽織った姿だった。

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