第130話 祐介くんのバカ
俺は、最近たまに来てはよく本の問い合わせをしてくる女子高生くらいの女の子の対応をしたあと、メンテナンスをしていた売り場へ戻るところだ。
あの子、よく場所を聞いてくるけど本のジャンルはバラバラなんだよな。
今日は医療関係の本だったけど、女性誌やアニメ雑誌、参考書や小説など……日によってバラバラなんだ。
普段ならお客さんのそういうのは覚えないのだけど、あの子はマジで色んな本の場所を聞いてくるからいつの間にか覚えてしまった。
……まぁ、単純に可愛いってのもあるけど。
……って! 何を考えてるんだ俺は!?
お客さんに対してそんなことを考えるなんてダメだろ。
それに俺には那月さんという好きな人がいるんだから、アホなことは考えずに残りの時間も仕事に集中───
「きゃっ!」
「うわ!」
俺が考えを振り払いながら歩いていると、出会い頭に女性とぶつかりそうになってしまった。もっと前方を注意しながら歩かないとな……。
「も、申し訳ありません……って、那月さん!?」
ぶつかりそうになった女性はなんと那月さんだった。
「こ、こっちこそごめんね祐介くん!」
「い、いや! ぼーっとしながら歩いてた俺が悪いから……って、那月さんはどうしてここに?」
今日は日曜日だけどバイトは休みって聞いてかが、まさか那月さんがここに来るなんて……。
もちろん嬉しい。バイトで少し疲れていた体と心が癒されていく。
「き、今日は真夕さんと椿さんと一緒にお買い物に来てて、それで祐介くんの様子も見てみようって……」
なるほど。買い物ついでに来たってわけか。お店の袋を持っていないのを見るに、どうやら先についでの用を片付けようとしてるわけだ。
ついでだろうがなんだろうが、俺には嬉しすぎるわけなんだけどね。
「……あ、ありがとう那月さん」
「う、ううん! 私こそ忙しいのに声をかけようとして……実際にこうしておしゃべりしてるけど……お邪魔、じゃない?」
「じ、邪魔だなんて思うわけないよ。むしろ那月さんが……パートナーが見に来てくれて、やる気が出た……というか……」
ストレートに『嬉しい』と言えれば良かったんだろうけど、それを言ってしまったら好意がバレそうだったのと、単純にひよってしまったなら言えなかった。
その代わりと言ってはなんだけど、普段俺はあまり口にしない『パートナー』という言葉を使った。
この言葉を使えば、俺が邪魔なんて微塵も思ってないことを那月さんが理解してくれると思ったから。
「そっか……よかった……へへっ」
現に今、那月さんが嬉しそうに笑ってくれている。
すごく可愛く、それでいて美しい笑顔を見ることができて、顔が熱くなり、心臓が鼓動を早める。
日曜日でお客さんが多いけど、減っていた仕事に対しての活力が湧いてきた。
「ところで、那月さんは何か本を買いに来たの?」
「……え?」
笑顔から一変、きょとんとした顔を見せる那月さん。そんな表情もまた可愛い。
「いや、俺の様子を見に来てくれたのがついでなら、本来の目的は何か欲しい本があったから来たのかなって……」
他のお店で買う物もあるだろうけど、那月さんからしてみれば、何か買いたい本があったからここに寄ったはずだ。そうじゃなければ、毎日顔を合わせている俺の様子を見に来たりはしないだろう。
もしそうなら本当に嬉しいけど、好きでもない同居人の様子なんて見ても面白くないだろうし、きっと『サボってないか見に来た』って解釈が正しいだろうな。
「……」
あれ? 那月さんが黙ってしまった。
しかも微妙にジト目を向けているような……?
「えっと……那月さん、どうかした?」
「ううん! どうもしないよ!」
どうもしてなくはない気が……。
現に今、那月さんは少しだけど頬を膨らませているし、口調も強くなってるし。
女心って、わからないなぁ……。
「私、お料理の本を探しに来たのですが、どこにありますか?」
「え、料理の本……?」
料理もめちゃウマな那月さんが本なんているのか?
そしてそんな疑問がつい口に出てしまった。
「那月さん、料理も完璧だし、別にいらないんじゃ───」
「ど、こ、に、ありますか?」
「は、はい。……ご案内、いたします」
こ、怖い! 那月さんが怖い!
めちゃくちゃ可愛くて綺麗な笑顔なんだけど、あれは絶対に怒っている!
俺、どこで那月さんの地雷を踏んでしまったんだ!? まったくわからん! いや、地雷なんてそもそも見えないからわかるはずもないんだけど……。
原因がわからずにただ謝っても、地雷原に大の字でダイブするようなものだし、謝らない方が良さそうだ。
「……えっと、こちらになります」
「ありがとうございます!」
那月さんは数あるレシピ本の中から、オールジャンル載っている、ちょっと分厚い本を取って、それを胸に抱き、俺に背中を向けた。
そのままレジに向かうのかと思ったけど、那月さんは歩き出さない。
「……那月さん?」
「祐介くんのバカ」
「えぇっ!?」
じっと立ち止まってる那月さんの様子がおかし……もとい、心配だったから声をかけたのに、なぜか罵倒された。
罵倒されてショックというよりは、ドキッとした方が強い。
別に俺にはそっちの気があるわけではないが、ラブコメなんかで見るワンシーンみたいだと思ったからドキッとしただけだ。
それから那月さんは、俺に背を向けたまま、横目で俺を見た。なぜか頬は赤い。
「……バイト終わったら、早く帰ってきてね。……ま、待ってるから」
それだけ言うと、那月さんはパッと正面を向き、早足でレジへと向かっていった。
「……わ、わかった」
那月さんに届いているかはわからないが、そう返事をして、俺は少しの間その場に立ち尽くした。
女心って、マジでわからないなぁ……。
その日の夜ご飯は、那月さんが例のレシピ本を参考に作ったものが出たのだが、文句なしに美味しかった。
俺が「うまぁ……」と言いながらパクパク食べていると、那月さんは怒っていたのが嘘のようににこにこだった。
女心……本気でわからん。
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