第128話 久しぶりに見ましたもん

 そしてついに、祐介くんがバイトしている書店にやってきた。

「祐くんどこかな~?」

「多分、マンガが陳列されている所かな?」

「……」

 椿さんと真夕さんはなんだかテンションが上がってるみたいで、ノリノリで祐介くんを探しているけど、一方私は───

「……那月さん、緊張しすぎじゃないですか?」

 真夕さんが言ったように、私はすごく緊張……ドキドキしていた。緊張しすぎて辺りを不自然にキョロキョロと見渡している。

「ゆ、祐介くんに会えると思ったら、落ち着かなくて……」

「家で毎日顔合わせてるのに……」

「い、家で会うのとは全然違うんです。……家でもたまにドキドキしますけど、今日ここで祐介くんに会うのは予定してなかったからです」

 家では絶対に顔を合わせるから、普段はもうあんまりドキドキしない。お風呂上がりの祐介くんとか、何気ない仕草でドキドキしたり、祐介くんにドキドキさせられたりすることはあるけど、それ以外ではいつも通り過ごせていると思う。

 だけど、バイト先に来て祐介くんに会うのは、家と全然違う。早く会いたいって思ったけど、書店が近くなるにつれてどんどん緊張して、今こうして挙動不審になっちゃってる。

「那月さん、マジでウブですよね。これ、私がいなかったらスタッフに声掛けられてるんじゃないですか?」

「ご、ごめんなさい……」

 ここのスタッフさんの真夕さんがいてくれるから、私が変な行動をしてても見られるだけですんでるんだ。もうちょっと落ち着かないと。

「謝らなくていいですよ。可愛い那月さんを見れて非常に眼福ですから」

「へ?」

「あ! それ私も思いました。那月さん可愛すぎて目が離せないんですよね~」

「つ、椿さんまで!」

 か、可愛いって……え? 挙動不審な私が!?

 店員さんに声をかけられたり退店を言い渡されたりしてもおかしくないのに。

「ほらほら那月さん、その可愛い姿を早く祐くんに見せに行きましょー!」

「つ、椿さん! だからウエストは……んん!」

 またウエストを持たれて変な声が出ちゃった。

 幸い他の人には見られてなかったからセーフ……だよね?

「那月さん……やっぱりエロい……」


「あ、那月さん。祐くん発見です!」

「え、ど、どこですか?」

 椿さんが小声で祐介くんを見つけたと報告してくれて、私も小声で返し、祐介くんを探す。夏休みの日曜日だからお客さんが多いよ。

「ほら、あの男の人の奥です」

「奥……っ!」

 大柄な男の人が壁になって見えなかったけど、その人が祐介くんを避けるように通り過ぎると、本当に祐介くんがいて、二十メートルくらい離れているのに、祐介くんが見つかったことにより、私の心臓は大きく跳ねていた。

「那月さん、顔真っ赤ですよ」

「だ、だって……仕事してる祐介くん……久しぶりに見ましたもん」

「那月さんホントにウブで可愛い」

「も、もぅ……あんまりからかわないでください」

 椿さんのからかいにまだ顔が熱くなっている中、私は祐介くんを見る。

 祐介くんはこちらには気づいてなくて、棚の整理と、棚に置かれていない……平置きされている乱れた本を直している。そして直してからショルダーポーチにさしてあったハンディモップを持って、丁寧にホコリを取っている。

「……」

 祐介くんがしている作業は、書店員さんなら当たり前な仕事なのかもしれない。

 でも、私は祐介くんから目が離せない。

 好きな人が真剣にお仕事をしている姿って、あんなにかっこいいんだ。

 今までの人で、お仕事をしている姿を見た人もいるけど、ここまでドキドキすることはなかった。

「那月さん、祐くんに声かけないんですか?」

「も、もう少し祐介くんのお仕事しているところを見たいです」

 祐介くんとおしゃべりしたいけど、お仕事している祐介くんは滅多に見られないから。

 バスに乗らないと来れない距離だから、もう少しこの姿を目に焼きつけておきたい。

「本当に祐くんにガチ惚れですね」

「……」

 私は首肯だけした。

「那月さんの気持ちはわかりますけど、ほどほどにしないとほかの店員さんに変な目で見られますよ」

「わ、わかっています」

「ほ~んと、那月さんの気持ちにもだけど、こんなに熱い視線を送られてるのに祐くんは気づかないのかな~?」

 祐介くんは今も私たちに気づかずに棚の本の整頓をしている。

 その真剣さに、感謝してる自分もいる。

 今はまだ、その時じゃない。

 祐介くんが私の気持ちに気づいても、きっと応えてくれない。

 祐介くんのトラウマ……それを無くさない限りは……。

「あれ?」

 祐介くんを見ていると、奥から一人の可愛らしい女の子が祐介くんに声をかけた。女子高生っぽいけど……本の問い合わせかな?

「お待たせしました。あれ? あの子……」

 どこかに行っていた真夕さんが戻ってきて、祐介くんたちのほうを見ると、真夕さんは女の子を見て少し訝しんだ。

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