第125話 ある夫婦を手本と

 私が宮原さんの突然の登場に驚き、宮原さんを見ていると、後ろからナンパしてきた人たちの「あ、いや、その……」と、明らかに動揺した声が聞こえてきた。

「ん? 言いたいことがあるならはっきり言えや」

「い、いえ! なんでもないです!」

「し、失礼しましたー!」

 ナンパしてきた人たちはそのまますごい勢いで走り去ってしまった。

 ……え? というか、もう見えなくなっちゃった。……は、速い。

「まったく……九条さん、大丈夫だった?」

「っ! は、はい! 宮原さん、ありがとうございました!」

 宮原さんの私を気遣う声にハッとした私は、まだ宮原さんにお礼を言ってないことを思い出し、体ごと宮原さんに向き直り頭を下げた。

「いやいや、知ってる人がナンパにあっていたから助けただけだよ」

「それでも、宮原さんが来てくれなければ、強引に連れていかれてたかもしれないので……ありがとうございました」

「あはは、まいったな。じゃあ、お礼を受け取っておこうかな」

「はい。是非そうしてください」

 私たちは笑い合った。

 ここで私はひとつの疑問が浮かんだ。

「でも宮原さん、どうしてここに? お店は大丈夫なんですか?」

 宮原さんはドゥー・ボヌール二号店の店長さんだ。

 加えて今日は日曜日で、今はお昼時……人気店の店長さんがこのショッピングモールにいることが不思議でならなかった。

 ちなみに一号店はここの隣県……私と祐介くんの地元とは反対方向の県にあって、すごい数のお客さんで連日大忙しだとか。

 ケーキは絶品だし、お店を経営されているご夫婦もものすごく美男美女と、お店に行った時に他のお客さんが言っていた。

 宮原さんのお師匠さんなんだよね? どんな人なんだろう?

「ん? あぁ……ちょっと買い出しをね」

「店長さんが買い出しですか!? 他のスタッフさんに任せてもいいのでは……?」

 宮原さんが買い出しに出ちゃったら、お店も回転率が落ちちゃうんじゃ……。

「実は、『家で必要な物も買ってきて』と妻に言われててね。それでここに来たってわけさ」

「そ、そうなんですね」

 宮原さんの奥さんって、確か宮原さんより年上の人って聞いたことがある。

 私が行った時には奥さんはちょうどいなくて見たことがないけど。

 ……私も将来……祐介くんと宮原さんご夫婦のような関係を築きたいな。

「九条さん? どうしたの?」

「へっ!?」

「なんか赤くなってるけど……好きな人のことでも考えてた?」

「あ、あの! えっと…………は、はい」

 わ、私……顔が赤くなってた!? 確かに触ったらちょっと熱いけど……宮原さんに見抜かれたから……じゃないよね? その前から赤かったんだ。

「あはは、やっぱり」

「わ、笑わないでくださいよ……! その人とお付き合いはしてないのですが、もしお付き合いできて、け、結婚……したら、私たちも、宮原さんご夫婦のような家庭を……築けたらなって思ったんです」

「九条さん……」

 祐介くんのお誕生日ケーキを買いに行った時、周りのお客さんが言ってたんだけど、宮原さんご夫婦は本当に仲が良くって、ラブラブで、誰がどう見てもおしどり夫婦だって耳にしたことがある。

 私だってそんな結婚生活に憧れを抱く女なんだから、目標にするのだって自然なことだよ。

「俺たちのような家庭……か」

 私の言葉を聞いた宮原さんは、どこか遠い目をしてこのショッピングモールの天井を見上げている。

 その姿を見た周りの女性から、「あ、あの人カッコイイ」って声が聞こえる。

 宮原さんはゆっくり目を瞑って笑顔になり、少しして目を開けたと思ったら、笑顔で私を見た。

「宮原さん?」

「そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、実は……ん?」

 宮原さんが何かを言いかけたと思ったら、なぜか前方を見ながら首を傾げた。

 どうしたんだろうと思った瞬間、私の両腕に別の誰かの腕が絡んできた。

「えっ!?」

「ちょっと! 私たちの友達にナンパしないでくれませんか!?」

「そうです。それに彼女には心に決めた人がいるのでいくら言っても無駄ですよ無駄」

「つ、椿さん!? 真夕さん!?」

 私と腕を組んだのは椿さんと真夕さんだった。

「ち、違いますよ椿さん、真夕さん! この人は私をナンパから守ってくれた人です!」

 あ、ナンパの人の件で忘れてたけど、私がトイレに行ってからけっこう時間が経っちゃってる!

 それで心配して来てくれたのかな?

 二人の顔を見ると、宮原さんをすごく警戒してるんだけど、息が乱れているのと、額から汗が流れていた。

 二人とも……私をすごく心配してくれたんだ……。

 そして宮原さんを警戒していた二人は、私の言葉を聞くとポカンとした表情になった。

「え? そ、そうなんですか? ご、ごめんなさい! 私たちてっきり……」

「那月さんは見ての通りめちゃくちゃ可愛くて綺麗な人だから、絶対にそうだと勘違いしました。……ごめんなさい」

「う、嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしいですよ……」

 なんで真夕さんは私を褒めたの!? 宮原さんに謝るだけでいいじゃない!

 私は突然褒められたことにより、ちょっと顔が熱くなってしまったんだけど、そんな私を見て真夕さんは「うわ可愛い!」と言っていた。

「あはは、三人はとても仲がいいんだね」

 私たちのやり取りを見て、宮原さんは優しい笑顔を見せていた。

「はい! とっても仲良しですよ!」

「もはや親友と言ってもいいくらいに」

 真夕さんとは出会って四ヶ月弱、椿さんとは二ヶ月も経ってないけど、私もこの二人と一緒にいるのは本当に楽しいから、真夕さんが言った『親友』は……とても嬉しい。

「なんだか俺の妹とその親友を思い出すな」

「妹さんですか?」

「あぁ……妹は昔、ギャルだったんだが、その親友は妹とは真逆の清楚かつ清純派でね。それでも昔からめちゃくちゃ仲が良かったんだ。三人みたいにね」

 宮原さんの妹さんかぁ……どんな人なんだろう? 宮原さんがすごくイケメンさんだから、きっと妹さんもすごく綺麗なんだろうなぁ。

 ここで宮原さんは、何かを思い出したような表情をして、椿さんと真夕さんが来る直前に話そうとしていたことを話し出した。

「九条さんは俺たちみたいな夫婦関係を築けたらって言ってくれたけど、実は俺たちもある夫婦を手本としているんだよ」

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