第123話 幸せになってほしいです

 水着を購入して、真夕と椿は通路の端に設置してあるベンチに座っていた。

 那月の姿が見えないのは、花摘みに行っているから……二人は那月の帰りを待っていた。

 今日初めて会った二人だが、コミュ力の塊の椿は真夕との距離をグイグイ縮めて、すっかり仲良くなり、那月を待っているこの時間も話題には事欠かない。

 会話が少し途切れた時、椿は那月と祐介のことを切り出した。

「あの、マユさん」

「どうしたんだい椿ちゃん?」

「真夕さんって、那月さんと祐くんが両想いなのって……」

「もちろん知ってるよ」

 祐介と那月は両想い……それは周りから見れば明らかでとてもわかりやすい。

 それは真夕の実家、喫茶店『煌』の常連で那月とも仲良しの茂樹やマッチョな三人組も知るところで、気づいていないのは当の二人だけとなっている。

「ですよね! あんなにわかりやすいし」

「私は祐介くんから直接聞いたわけではないけど、バイトで那月さんの話題を出すと、あからさまに照れたりキョドってたりするからね」

「私も祐くんからしか聞いてないですが、那月さんの全身から、『もう祐くん好きー!』ってオーラが出まくってますもんね!」

「あんな布面積が小さいのやスケスケのビキニを、祐介くんのために一瞬でも買おうとしたのがいい証拠だよ」

 普段の那月なら、あのような水着は絶対買わないどころか、見せられた瞬間に買わないと断言する。それこそ、真夕と出会った日に、二人でランジェリーショップに行った時に真夕にスケスケの下着を勧められた時のように。

 少しでも祐介の気を引きたいがために、少しでも思い悩んだのは真夕と椿はもちろん、那月自身も驚いている。

「那月さんと祐くん、付き合ってほしいですね」

「そうだね。でもそれにはひとつ、祐介くんに大きな障害があるけどね」

「……『振られ神』、ですよね?」

 真夕はこくりと頷いた。

 祐介の『振られ神の呪い』……これこそがまさに、ふたりの恋の最大の障害となっている。

 中学時代からのトラウマが、卒業してから数年経った今でも、祐介の身体に、心に茨のように巻き付いて離れない。

 今でこそその呪いに抗い、恋心を取り戻して那月を好きになった祐介だが───

「その『振られ神の呪い』をどうにかしない限り、祐介くんが那月さんに告白するのは無理だろうね」

 那月に振られてしまったあとのことを考えると、祐介はどうしても『告白』への一歩を踏み出せないでいた。

「どうにか、できないんですかね?」

「私たちにはまず無理だね。祐介くんが自ら呪いを内側から打ち破るか、那月さんが外から消し去るか……しかね」

「祐くん……私とつーくん……私の彼氏に『振られ神』のことを打ち明ける時、とっても辛そうな顔をしてたんです」

「私の時もそうさ」

 誰かに自分のトラウマを打ち明けるという行為には、常に勇気が必要となる。

 そして、勇気とは別に、自分の一番辛い過去を面白半分で周りに吹聴されるかもしれないというリスクも伴う。

 だから祐介は長い時間をかけて三人と信頼関係を築き、本当に信頼できると思ったタイミングで『振られ神』のことを打ち明けた。

「祐くんは自分のせいではない事で十分苦しんだんだから、那月さんと結ばれて、幸せになってほしいです」

「那月さんにも幸せになってほしいよ。今まで那月さんが付き合ってきた男はみんなクズしかいなかったって話だからね」

 那月は今まで、まともな恋愛をしたことがない。それは言い換えれば、真に異性を好きになったことがない。

 祐介に本気で恋をし、今まさに、初めて本当の恋愛を……体だけじゃない、本気で心まで捧げられるほどの、本気の恋愛をしている最中だ。

「見守るしかないって、すっごいもどかしいですね」

「そうだね。自分の無力さがここまで腹立たしいと思ったのは初めてだよ」

「祐くんがあんなトラウマを植え付けられなければ、話はもっと単純だったんですけどね」

「今頃は付き合っていたかもしれないね」

「……なんか、祐くんをひどい目に遭わせた人たちにムカムカしてきました」

「奇遇だね椿ちゃん。私もそうさ」

 二人が顔も名前も知らない、祐介にトラウマを与えた複数人に怒りを向けていると、そこに二人組の大学生とおぼしき男が近づいてきた。

 如何にも遊んでそうな風体ふうていの彼らは、真夕と椿の放つ怒りに気づかずに声をかけた。

「ねぇねぇ君ら、何してるの?」

「暇してるならさ、俺らと───」

「……は?」

「……」

「「!?」」

 真夕と椿はナンパ男たちを睨みつけ、その迫力に気圧された男たちはそそくさと退散しながら、「今日はダメだな」、「ああ、さっきの超キレイなお姉さんもダメだったし……今日はもうやめておくか」などと言いながら離れていった。それが真夕と椿の耳に入ることはなかった。

「はぁ……まったく、ナンパなんていつ以来だろう? いつ見てもムカつくね」

「ホントですね……って、真夕さん」

「なんだい椿ちゃん?」

「那月さん……遅くないですか?」

「私も思ってたところさ」

 那月が花摘みに行ってからかれこれ十分は経とうとしていた。

 トイレは二人のいる場所からさほど離れていない場所にあり、たとえトイレが混んでいたとしてもいささか時間がかかりすぎている。

 ここで二人は、ある予想を立てる。

「もしかして、那月さんもナンパに出くわしている……とか?」

「……ありえる話だね。あんな同性も振り返るほどのめちゃかわ美人お姉さん……一人でいるところをナンパ男たちが見逃すはずもないからね」

 二人はお互いの顔を見て頷きあい、すぐにベンチから立ち上がり、最寄りのトイレまで走った。

 そしてトイレに近づいた時、那月の後ろ姿を発見した。

「真夕さん! あの綺麗なライトブラウンの長い髪……那月さんです!」

「本当だ。……どうやらマジでナンパにあっていたみたいだね」

 那月の正面には、ベージュ色の髪をした高身長なイケメンが立っていた。

 イケメンが笑いながら那月に声をかけているのを見て、二人はナンパと確信し、那月の元へ走った。

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