第119話 ごめんね

「「プール?」」

 俺と那月さんは、椿からの突然のお誘いに、揃って同じ単語を口にしていた。

「祐介くん、この近くにプールってあるの?」

「えっと……確かあったような気が……」

 去年は海もプールも行ってないから場所まではわからないけど、確か少し離れた場所にわりと大きなプール施設があった気がする。

『あるんですよ那月さん! 電車での移動になっちゃうんですが、けっこう大きくて、それでいて入場料が安い場所が!』

 あ、電車移動になるのか。

 まぁ、そういったカップルが多い場所は、あえて避けていた感も出てたし、俺にはもう縁のない場所だと思っていたから、マジでどこにあるのかなんて調べもしなかったからなぁ。

 俺は服の上から自分のお腹に触れた。

 プール、プールかぁ……ちょっと筋トレでもしといた方がいいかな?

 特にお腹が出てるってわけでもないんだけど、今からでもやったら効果あるかな?

 俺は那月さんを見る。今も電話越しの椿と楽しそうにおしゃべりをしている。

 那月さん……当たり前だけど、俺にドキドキしてくれたことはないんだよなぁ。いっつも俺ばかりがドキドキして、那月さんを好きになってからは毎日ドキドキしっぱなしで……。

 唯一、那月さんをドキドキさせたかもしれない出来事といえば、那月さんがなぜかパジャマの上のボタンを外して、ブラ姿の那月さんを見てしまった時か。

 まぁ、あれは事故だったし、俺にドキドキしたってわけではないからノーカンだよな。

 そもそも那月さんをドキドキさせるっていうのが難しすぎるんだよな。異性と付き合った回数が多い那月さんをドキドキさせるっていうのが……。

「? ……っ!」

 那月さんが俺の視線に気づいたようで、目を少し見開いてびっくりしている。

「あの、祐介くん……そんなに見られると……」

「ご、ごめん那月さん!」

 俺は慌てて那月さんから視線をはずした。

 ダメだな。これじゃドキドキさせるどころか、逆に引かれてしまう。

 あまり見ないようにしないとな。

『なになに~? 祐くん那月さんになにしたの?』

 ここは見逃すまいと言っているかのごとく、椿が聞いてきた。絶対ににやにやしてるに違いない。

「な、何もしてないから!」

「そ、そうです椿さん! 私はただ、祐介くんに見られてただけです!」

『へ~、見られてただけ、ですか』

「な、なんですか椿さん……?」

『いえいえ、別になんにも~。ね~つーくん』

『そうだな……ふふ』

 いや絶対になんでもなくないだろ!? なんでもなかったら笑ったりしないって!

 せめて電話を切ってから笑うか、声を殺して笑えよ!

 俺が心の中で司にツッコミを入れていると、俺の太ももに軽い衝撃が何度も走った。

「っ!!」

 俺がスマホから自分の太ももに視線を移すと、なんと那月さんが俺の太ももをペシペシと叩いていた。

 那月さんは俯いていて、表情がわからないけど、多分これは怒ってる……よな?

 全然痛くないし、むしろ那月さんが触れてくれてドキドキするんだけど、こうなった元々の原因は、間違いなく俺だろうな。

 俺が那月さんを見なければ、司たちに気づかれることもなくて、こうやってイジられることもなかったから……。

 謝らないといけないけど、司たちに声が届くと絶対にまたなにか言ってイジッてきそうだし、かといってこのタイミングを逃すと、有耶無耶になってしまいそうで、謝るタイミングを逃してしまいかねない……。

 なら、俺が取る行動は……ひとつしかないよな。

 俺は意を決し、いまだに下を向いて俺の太ももを叩いている那月さんの顔に、自身の顔を近づけ、そして那月さんの耳元で囁いた。

「那月さん……ごめんね」

「っ!!?」

 俺が謝ると、那月さんの攻撃がピタリと止み、顔をすごい勢いで離した。

 そして俺もめちゃくちゃドキドキしていたので、那月さんと同じようにパッと顔を離した。

 そこで見た那月さんは、俺が囁いた右耳を右手で押さえ、顔を真っ赤にしながら口を金魚みたいにパクパクさせていた。

 俺はそんな那月さんを見て、自分もさっきの比じゃないくらいドキドキしていることに気づいた。

 思っていた反応じゃなかった。もっとこう、ちょっとはびっくりすると思ったけど、それでも俺が謝った次の瞬間には優しく許してくれるのを想像したんだけど、那月さんのリアクションがあまりに予想外……ウブな反応で、なんだかめちゃくちゃ可愛くてドキドキする。

 あ、もしかして、那月さんって耳が弱かったりするのか? だとすると俺のこの謝り方はマズかった……。

 俺のこの予想は正しかったらしく、那月さんは顔が赤いままキッと俺を睨み、太ももを思い切り叩かれた。

 その後、那月さんと椿は八月の頭に水着を買いに行く予定を立てていた。


 椿さんと新くんとの話が終わって、私は自分のベッドでゴロゴロと身体を回転させていた。

「うぅ~……祐介くん、ずるい!」

 あんなに見つめられて、耳元で優しく囁かれて……。

「ドキドキ……させすぎだよ……」

 私の中の祐介くんへの想いがまた少し大きくなったのを自覚し、いつしか椿さんを呼び捨てにしているヤキモチは忘れていて、その日はドキドキしすぎてあまり寝付けなかった。

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