第8章 プールに行こう

第118話 プールに遊びに行きましょう!

 それから時は過ぎ、俺は夏休みに突入した。

 今は夕食を食べ終え、那月さんとソファに座ってテレビを見ている。

 今日も那月さんとの距離は近いのだが、人間というのは不思議なもので、この近さにも大体慣れてしまった。


 ……嘘です慣れません。慣れるわけがない。


 まぁ、多少は慣れたかもしれないけど、それでも意識的に普段通りにするのが精一杯だ。

 それに、こんな間近で那月さんの色んな表情を見て……さらに好きになっていってる。

 なんか、俺だけがドキドキしてばかりで、那月さんもちょっとはドキドキしてほしいって思う。

 はぁ……これも経験の差か。

 俺が一人で勝手に落ち込んでいると、ズボンのポケットにしまっていたスマホが鳴った。どうやら誰かからの着信のようだ。

「電話?」

「そうみたい」

 この距離感には慣れないけど、タメ口で話すのには慣れた。これも一つの進歩だ。

 俺はポケットからスマホを取り出して、誰がかけてきたのかを確認すると、ディスプレイに表示されていたのは司の名前だった。

 こんな時間にかけてくるなんて珍しいな。

「えっと、とっても大丈夫?」

「もちろん。どうぞ」

 俺は那月さんにとってもいいかを確認すると、那月さんは笑顔で了承してくれたので、俺も笑って首肯だけして、通話ボタンを押した。

「もしも───」

『あっ! 出た! もしもーし、ゆうくーん!』

 出た瞬間に、女性の大きな声が聞こえてきて、俺は思わずスマホを耳から離した。咄嗟に「うるさい」って言わなかったのはすごいと思う。

 どうやら司のスマホで俺に電話をかけてきたのは椿のようだ。なんで自分のスマホからかけないんだ?

 それ以前に、こんな遅い時間に大声出したら間違いなく近所迷惑だろ……。

 耳から離してしまったし、ちょうどいいからスピーカーモードにするか。

 俺はスピーカーボタンを押し、スマホをテーブルに置いた。

「それでどうしたの椿? わざわざ司のスマホからかけるなんて」

「……」

『そこにつーくんのスマホがあったから!』

「理由が雑……」

 お互いに信頼しあってるから基本お互いのスマホを操作してもいいルールにしてるそうだが……。

「あれ、なら司は?」

『ここにいるぞ』

「いるんかい!」

『私のスマホは自分の部屋で充電中なの』

「そういうことか……」

 つまり今回は、椿が司のスマホを操作したわけじゃなく、司自身が俺に電話をかけ、椿が最初に喋ったってことか。

『ねえねえ祐くん、那月さんはいないの?』

「ここにいますよ椿さん」

 俺が「横にいるよ」という前に、那月さんが応答した。

 ……それにしても、気のせいかな?

『あ! 那月さん! こんばんはー』

「ええ、こんばんは椿さん、新くんも」

『こんばんは九条さん』

 那月さんの言葉の端々に、棘のようなものがあると思うのは……?

『あれ? 那月さん、なんか怒ってます?』

 椿も何かしらを感じ取ったみたいだ。やはり俺の思ったことは勘違いじゃなかった。

「いいえ、怒ってないですよ」

『ん~でも、なんかいつもより淡々とした口調───』

「それは椿さんの気のせいですよ」

 いや絶対に何かしら思うところがありそうな雰囲気じゃないか!

 普段の那月さんなら、人の話を遮るなんて、少なくとも俺は見たことがない。

『椿、そのへんにしとけよ』

『……だね』

 賢明な判断だと思う。

 これ以上つつけば、間違いなくやぶ蛇になりかねない。

 これは早く本題にもっていったほうが良さそうだな。

「ところで司、椿。なにか用事があって電話をかけてきたんじゃないの?」

「……」

『そーだった! 危うく忘れるところだったよ』

 忘れたらダメだろ。一番大事なとこじゃないか。

 いや、忘れてもまた思い出した時に言えばいいから別にいいのか?

 椿は『あはは』と笑ったあと、俺たちに電話をかけてきた目的を口にした。

『ゆーくん、那月さん。一緒にプールに遊びに行きましょう!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る