第117話 一緒に、地元に帰る?
那月さんが部屋から戻ってきた。なぜか数分かかっていたけど、なにかあったのかな?
「おかえりなさい那月さん」
「ただいま、祐介くん」
出ていく時と同じように、タタタッとソファまでやってきて、テーブルに置いてあるふたつの小さなグラスを見て首を傾げた。
「祐介くん、これって……」
「えっと……那月さんも飲むかなって」
「え?」
俺がさっきまでのドキドキで喉が渇いていたので、小さなグラスを取り出してそれに麦茶を入れたんだけど、那月さんも戻ってくるって言ってたし、俺だけ飲むのもなぁと思い、那月さんの分も用意して待っていた。
「ほら、暑いから……」
「……ありがとう祐介くん。嬉しいよ」
ちょっとだけ困惑の表情を浮かべたと思ったけど、どうやら俺が麦茶を用意してるとは思ってなかったから少し驚いただけみたいだな。
「よかった。じゃあ座って飲みましょう」
「うん! ……こういうところなんだよね。ふふ」
「え? ……っ!」
俺がソファに腰を下ろすと、那月さんが何やらボソボソと言っているのが聞こえたので、立っている那月さんを見上げたのだが、とても柔らかい……嬉しさを噛みしめるような美しい笑顔だったので思わず息を呑んだ。
俺がその笑顔に見惚れてすぐ、那月さんは弾んだ声で「なんでもないよ」言い、俺の隣に座った。やっぱりいつもより距離が近い。
いつもより近い距離にいる那月さんを見ていると、テーブルに置いてあるグラスを左手で持ち、右手で底を支えるようにして、俺にグラスと、笑顔を向けた。言うまでもなく俺はドキッとしてしまう。
「じゃあ祐介くん……乾杯、しよっか」
「っ! ……う、うん!」
俺も慌ててグラスを持ち、那月さんに向けると、那月さんは「くすっ」と笑ってからグラスを動かしたので、俺も合わせてグラスを動かす。
「祐介くん、今日もお疲れさま。かんぱい」
「な、那月さんも、お疲れさまです。か、かんぱい……」
グラス同士がぶつかって『カチン』という音が聞こえて、俺たちは同じタイミングで麦茶を飲んだ。
なんだか緊張して麦茶の味はあんまり覚えてないんだけど、その代わりとても幸せな時間だということははっきりとわかった。
それから三分ほど、他愛のない会話を楽しんでから、那月さんに伝えないといけないこと……一度実家に帰ることを伝えることにした。
「那月さん」
「どうしたの祐介くん?」
いい笑顔だなぁ……最近、那月さんは俺に笑顔を見せることが明らかに増えたけど、なにかいいことでもあったのかな?
それは今はいいや。とにかく伝えないと。
「俺、夏休みのどこかで一度実家に帰ろうと思うんで……思うんだ」
相変わらず完全には敬語が取れないなぁ。早く慣れないとな。
「え?」
で、俺が突然そんなことを言ったから那月さんが固まっている。まぁ事前相談もなしに言ったから、寝耳に水だろうな。
「その、両親に心配かけっぱなしだし、去年は一度も帰ってなかったから、安心させるために……それから、仲良くしてくれた友達にも会いたいから……」
「そうなんだ。うん、いいと思うよ」
那月さんはすぐに笑顔で了承してくれた。
それは素直に嬉しいし、那月さんの笑顔にドキッとしてるけど、やっぱり那月さんのことは気がかりになるわけで……。
「でも、帰省してるあいだ、那月さんを一人に───」
「あ、私も祐介くんと同じで、その……一度地元に帰ろうと思ってたんだよ」
「……え? そうなんですか!?」
「うん」
マジか。全然知らなかった。俺の方も寝耳に水だな。
「おじいちゃんたちの家もそのままにしちゃってるし、友達にも会いたいし、それに……みんなのお墓にも……」
「あ……」
お墓……那月さんが熱を出した日の夜に俺が考えていたことは、やっぱり間違いではなかったんだ。
那月さんのご両親も、祖父母ももういないんだ……。
「おじいちゃんたちの家は、数ヶ月放置してたからお掃除しなきゃだし、お墓もしばらく行けてないから、お墓のお掃除と、色々報告もしたいからね」
「それはいいと思う、けど……その、元カレたちに会ったりするんじゃ……」
今もそうだけど、那月さんが元カレたちとの生活を思い出して嫌な気持ちになってしまうんじゃって思うと、俺も辛くなる。ばったり会ってしまったらその辛さは計り知れない。
「会わないように注意するから大丈夫だよ。ありがとう祐介くん」
「そんな……ぱ、パートナーの心配をするのは、あ、当たり前、だし……」
「……うん。とっても嬉しい。本当にありがとう祐介くん」
「……っ!」
俺は照れて那月さんから目を逸らし、麦茶をグイッと飲んだ。
もうほとんど残ってない麦茶が入ったグラスをテーブルに置くと、那月さんが「じゃあ……」と言い、こう続けた。
「私も、パートナーの……祐介くんの心配もしてもいい、よね?」
「俺の、心配……?」
「うん。ほら、はじめて会った日に祐介くん、言ってたじゃない……『地元にいい思い出がない』って」
「あ……」
那月さん……覚えててくれたんだ。
三ヶ月以上前にした話だ。忘れていてもなんら不思議じゃないのに……。
「私だって、祐介くんが地元で嫌な思い出に出くわしちゃったらって思うと、心配になるよ」
……そんな辛そうな顔で言わないでくださいよ。
那月さんのこと……もっと好きになっちゃうし、『那月さんも』って……勘違いしちゃいそうになる。
俺は必死にありえない考えを脳内から消し、那月さんに笑顔を向けた。
「大丈夫。友達と会うくらいで実家からそんなに出ないと思うし、俺が帰ろうとしている時期はお盆で、夏祭りがあるけど、そこにも行くつもりはないから」
俺の帰省してから立ててる予定は、あいつらと呑みに行くくらいで、残りは家の手伝いをしようと考えている。
無闇に出歩いていたら、俺を『振られ神』と呼んだあいつらに出くわす可能性が高くなるからな。
「夏祭り……」
那月さんは下を向いて、ポツリと……それだけ呟いた。
「那月さん?」
「あ……ううん! なんでもないよ! 祐介くんもそれくらいの時期に帰るつもりなんだって思っただけ」
「え? 那月さんも!?」
俺はびっくりして那月さんを見ると、那月さんは微笑み頷いた。
少し考えたら、那月さんが帰る時期は想像できるよな。
だから当然、俺が那月さんの帰るタイミングを狙ったわけじゃない。
でも、そうなると───
「じ、じゃあ、祐介くん……い、一緒に、地元に帰る?」
「っ!」
俺が考えて言ってみようかと思っていたことを那月さんに先に言われてしまった。
帰る予定の時期も被っているのなら、道中も一緒にいれる。那月さんと楽しくおしゃべりができれば、あんまり気負わずに帰ることができそうだったから。
だから、俺の返答も一つだ。
「はい。喜んで」
こうして、那月さんと一緒に地元に帰ることが決定した。
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