第115話 綺麗だったからつい……

 俺が髪をそこそこにふいて、お風呂から上がると、那月さんはドライヤーを持ってきていて、既にスタンバイ状態になっていた。

「おかえり祐介くん」

「た、ただいま……」

 那月さんはちょいちょいと手招きをしている。

 いつものすごく綺麗で可愛い笑顔なんだけど、『今日は余計な会話で髪が乾く前に乾かしてあげるから早くこっちに来なさい』的な感情が読み取れてしまったので、俺は抵抗せずに那月さんの近くに行く。

 俺が移動したのを見ると、那月さんはソファから立ち上がり、ソファの後ろに移動した。

 俺もソファの近くまで来て、俺たちは今、ソファ越しで見つめあっている。

 ……この人、やっぱりすっぴんも全然変わらないな。めちゃくちゃ綺麗だ。

 俺が那月さんの綺麗すぎる顔を見ていると、那月さんは頬を赤く染め、目を逸らしてしまった。

「ゆ、祐介くん……あんまり見られると、その……」

「……あ、ご、ごめんなさい! 綺麗だったからつい……」

「え?」

「あ……」

 俺が口走ると、那月さんはすごい勢いで首を正面に戻し、今度は顔全体が赤くなってしまった。

 俺はというと、那月さんのリアクションに戸惑っていた。

 だって那月さん……『綺麗』とか『可愛い』とかって、言われ慣れてるんじゃないの? この容姿と抜群のスタイルで、言われない方がおかしいレベルだ。

 なのに、なんで俺に言われただけで、こんな『はじめて言われた思春期の中学生』みたいな反応をしてるんだ?

 ……わからん。

「……はっ! も、もう! そんなこと今はいいから! 早く髪を乾かすから───」

 那月さんは我に返ったようで、顔が赤いまま言いながら俺の両肩をガシッと掴んだ。

「……え?」

 当然ながら俺は那月さんに触られたことにドキッとする。

「後ろを向いて───」

 俺は那月さんにグリンと物理的に回れ右をさせられる。

 そして那月さんにまた両肩をガシッと掴まれ、下方向にグッと押し込まれた。

「座ってね!」

「は、はい……」

 那月さんに物理的に座らされて、俺は力なく返事をした。

『力なく』の理由……それは、俺の意識はさっきまで那月さんが触れていた両肩に集中していたからだ。

 直後だからか、まだ那月さんが触れた感触が残っているような気がして、すごくドキドキする。

 できることなら俺も自分の肩に手を置きたいが、そうなると那月さんに俺が意識しまくりなのがバレてしまう。

 それも問題なのだが、すぐに俺が自分の肩に触れると、那月さんに気持ち悪がられたりするかもだから、俺は必死に肩に触れたいという気持ちを押し殺す。好きな人に変態認定されたくない。

 とりあえずもう無心になって、那月さんが髪を乾かしてくれるのを待とう。

 那月さんが俺の髪に触れてくるまでに、少しでも心を落ち着けさせないと、俺の身がもたない。

 それから那月さんがドライヤーの電源を入れるまで、およそ一分ほどかかった。

 途中何度も、何もしてこない那月さんが気になって声をかけようとしたんだけど、まだドキドキが抜けきってなくて、結局黙って待つしかなかった。


 い、今の言葉……本当なんだよね?


 ゆ、祐介くんがき……『綺麗』って。


 少し前……メイド服の感想でも、祐介くんに『綺麗』と言ってもらえたけど、あの時は感想を言わせた感が強かった。もちろん嬉しくないわけはなかったんだけどね。

 でも、今回の『綺麗』は、祐介くんが自分から言ってくれたものだ。私から言わせたんじゃない、祐介くんの言葉……。

 お風呂上がりですっぴんの私を見て、『綺麗』って……。

 私の頭の中で、祐介くんの言葉が何回も繰り返されている。

 顔が……ううん、身体全体が熱い。胸がすごくドキドキする。

 私は過去に、いろんな人に『綺麗』って言われてきた。真夕さんや優美さん、椿さんの他に、地元の同性の友達……もちろん異性にも。元カレたちには付き合う前に言われていたっけ。

 異性に言われて、ここまで熱く、ドキドキしたことなんてこれまで一度だってなかった。付き合う前の元カレたちや、ナンパしてきた人たちも、本心で言ってくれたと思うんだけど、それでも普通に嬉しいと思う程度だった。

 それなのに、同じことを祐介くんに言われただけでこんなにも心が満たされるなんて……。

 やっぱり私は、祐介くんが好き。大好き!

 祐介くんと、お付き合いしたい。

 でも、そのためにはまず、祐介くんに私を好きになってもらわないと。

 ……それから、祐介くんのトラウマも……。

 Tシャツにショートパンツ姿の、肌の露出が多い格好でドキドキしてもらうんじゃなく、ちょっとえっちな格好やメイド服なんかの普段着ない、見せない服を着なくても、私を見てドキドキしてもらいたい。

 今は私ばっかりドキドキさせられっぱなしだもん。

 さっきだって、濡れた祐介くんにドキッとしたし、祐介くんの肩に触れてもドキドキした。

 もっと素の私でもドキドキしてもらいたい。

 だから手始めにまず、このドライヤーだ。

 本当は膝枕にしようとしたんだけど、『それはまだ早い』って優美さんたちに止められたから、膝枕はまだ先になるけど、この髪を乾かす行為で、少しでも祐介くんが私を異性として意識してくれると嬉しいな。

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