第113話 楽しいよ。すごく

 夜、那月さんの作ってくれた夕食を食べ、片付けも終えて、現在俺はソファでテレビを見ている。那月さんはお風呂だ。

 今日、改めて俺の髪を乾かしてくれると言ってくれていたので、俺があとに入ることになっている。まぁほとんど那月さんに先に入ってもらってるんだけど。

 このあとのことを考え、ちょっとドキドキしながらテレビを見ていると、ソファ近くのテーブルに置いていたスマホから着信音が鳴った。

 今は夜の十時過ぎ……こんな時間に電話がかかってくるなんて珍しいと思いながら、俺はスマホを手に取って、電話をかけてきた相手を確認すると、ディスプレイには『降神 千咲ちさき』の文字。

「……母さん」

 そう、俺の母親だ。

 俺が中学、高校とどんなことをされていたのかを一番よく知る人物だ。

 情けないと思いながらも、俺も色々限界が近かったから母さんと、それから父さんにも相談して、隣県の専門学校に通わせてくれて、両親の知り合いが管理しているこの部屋の入居の手続きまでしてくれた、もう一生頭が上がらない人の一人。

 しばらく電話がなかったし、俺もしなかったけど、以前電話したのは那月さんがここに住む少し前くらいか。

 ……と、いつまでも取らないのはいけない。那月さんもいつ風呂から出てくるかもわからないから、さっさと出て手短に済ませないと。

 そう思いながら、俺は通話ボタンを押した。

「も、もしもし?」

『あ、やっと出たわね祐介!』

 相変わらず元気な母親だなぁ。

 うちの母さんはいつだってテンションが高めで、逆に父さんは落ち着いている。いいバランスと言ってもいい。

「ご、ごめん母さん」

 久しぶりの母さんのテンション、そして出るのに時間がかかってしまってちょっとたじろぎながら謝る。

『ん~ん、いいのよ。元気にしてる?』

「元気だよ」

 那月さんが来るまでは、この『元気だよ』も少し嘘交じりの部分があったけど、今は嘘なんて微塵もない。

『本当!? ちゃんとご飯食べてる? 部屋はキレイにしてる? 風邪とか引いてない? 司くんたちとも仲良くしてるの!?』

「ちょっ、ストップストップ!」

 一気に聞いてくるなぁ……。これも母さんらしい。

「元気にしてるし風邪も引いてない。司と椿とも仲良くしてるよ。だから大丈夫」

『あら? 祐介あんた、椿ちゃんを呼び捨てにするようになったのね』

「ま、まぁ……それほど薄い仲じゃないし、本人から『呼び捨てにして』って何度も言われてきたからね」

 母さんと椿って、わりと性格似てるとこあるよな。

 俺は苦笑いをしながらそんなことを考えていた。

『まさかとは思うけど、椿ちゃんとそういう関係になったりとか───』

「するわけないだろ! 大事な友達の彼女に手を出したりなんかしないって」

 司も椿も、大事な友達はもちろん、俺は恩人とさえ思っている。そんな二人の仲を引き裂くような恩知らずにはなりたくないし、あの二人との友情も絶対に壊したくないって思ってる。それ以前に椿にそういった感情を抱いてないし、そもそも俺は那月さんが好きだし……。

 以前は女性にそんな気持ちすらもてなかったんだから、母さんもそれは知ってるだろうに。

 でも、母さんも俺がまた異性を好きになるように願っていたから、もしも今俺が片想いしている女性がいるって言ったら、母さんはどんな反応を見せるのだろう?

『言ってみただけよ』

 母さんは笑っていた。自分の息子がそんなことをしないとわかっているかのように。

 そして、笑ってから、柔和な声音でこんなことを聞いてきた。

『そっちでの生活、楽しい?』

「楽しいよ。すごく」

 俺は即答した。

 ここでの生活は、本当に楽しい。

 司や椿、マユさんと一緒にいるようになって、ちょっとだけ人間不信になっていた俺の心を変えてくれて、『振られ神』の話も真剣に聞いてくれて、そしてそれを言ったヤツ、面白半分でデマを流したヤツらに怒ってくれた。

 三人は本当に信頼している。去年から俺の心がどれだけ救われたかは、恩の大きさがでかくてわからない。


 だけど、俺が『楽しい』と即答できた一番の理由は、やっぱり那月さんがそばにいてくれてるからだ。

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