第111話 ちょっと、会いたくなっちゃって

 バイトが終わり、ショッピングモールに着いたのが午後五時前。

 今日は平日だから、祐介くんのバイトは夜まで続く。

 だから一緒に帰ることはできないけど、いつも祐介くんの帰りを待っている時に感じる少しの寂しさは、今日は感じなくてすむかな?

 私は緊張しながらも、祐介くんがバイトしている書店へ向かう。

 早く祐介くんに会いたい。もし話すことができたら、何話していいかわからないけど、それでも絶対に嬉しく思うのは間違いない。

「もぅ……みなさんがあんなこと言うから……」

 優美さんたちに焚き付けられた感はあるけど、それでも、今は祐介くんに会いたい気持ちが抑えきれない。

「お姉さんひとり? なら俺と───」

「結構です」

 正面から歩いてきた男の人に声をかけられたけど、それだけ言って止まらずに書店へ向かう。

 早く祐介くんに会いたいのに、水を差さないでよ。


 そうして書店に到着した。ちょっと早足で来たから少しだけ息が上がってしまった。

「えっと、祐介くんは───」

「あれ? 那月さん?」

 書店に入ってすぐ、横から女の人に声をかけられた。

「あ、真夕さん」

 その女の人は真夕さんだった。

 真夕さんも今日はバイトらしく、エプロン姿で、手には数冊の雑誌を抱えていた。

「こんにちは那月さん。あれ? 今日バイト入ってましたよね?」

「そうですね。さっきまでは真夕さんのご実家にいました」

 喫茶店からここまでは距離があるし、家に帰るのにも遠回りになっちゃうから、やっぱり真夕さんも不思議に思ってる。

 だけど次の瞬間には、私がここに来た理由がわかったみたいで、ちょっとにやにやしてる。

「はは~ん……那月さんは祐介くんに会いに来たんですね?」

「そ、そうですね。……ちょっと、会いたくなっちゃって」

「祐介くん、愛されてるなぁ」

 でも、優美さんたちが言わなければここには来てませんでしたからね!?

「そ、そうですね。……祐介くん、好きです」

 でも、祐介くんへの気持ちは素直になりたかったので、正直に好きと伝えた。……真夕さんにだけど。

 祐介くんには、まだ伝えられないしね。

「いや私に告られても……。顔めっちゃ赤いし上目遣いでもじもじして……可愛いかよこのお姉さん」

「そ、それで真夕さん。祐介くんはどこに……?」

「えっと……さっき奥の児童書コーナーにいたのを見たので、多分まだそこにいるんじゃないですかね?」

「児童書コーナーですね。ありがとうございます真夕さん。真夕さんともお話できて嬉しかったですよ」

 忙しいのに時間を取らせちゃったかもしれないけど、それでもやっぱりお友達とお話できたのは嬉しかったので、私は素直に気持ちを伝えた。

「わ、私も嬉しかったです。……ほら、そんなのはいいですから、早く愛しの彼の元に行ってやってください!」

 真夕さんは照れながら、私の背中を押した。

 照れた真夕さん……可愛い。普段私の方が照れたりからかわれたりしてるから、たまにはいいよね?

「ありがとうございます真夕さん。真夕さんもお仕事、頑張ってくださいね」

「えぇ、ありがとうございます那月さん」

 私と真夕さんは笑顔で手を振りあい、私はぺこりとお辞儀をして児童書コーナーに向けて歩き出した。


 この書店の児童書コーナーは一番奥にある。

 真夕さんとお話をしたのは書店の出入り口から近いところだったから、ちょっと距離がある。

 だけど、私の心は目的地が近づくにつれてどんどん弾んでいた。

 だって、祐介くんに会えるんだから……!

 児童書コーナーが見えてくると、一人の男性スタッフさんが壁側の乱れた本を一生懸命元に戻していた。

 間違いない……祐介くんだ。

 毎日一緒にいるから、すごく見慣れた背中なのに、見た瞬間すごくドキッとした。

 いつも見ているのが家だから、場所が違うから?

 それともお仕事をしているから?

 祐介くんから別の方へ視線を動かすと、他の本もかなり乱雑に置かれている。

 そして別の場所では、子どもが絵本をじっと見たり、人気のキャラクターの本を友達やお母さんと一緒に見たりしてる子がいる。

 児童書のコーナーって、やっぱりメンテナンスが大変そう……。

 祐介くん、忙しそうにしてるし、声をかけるのを躊躇ためらってしまう。

 邪魔しちゃったら悪いし、やっぱり声をかけずに帰ろうかな……?

 ちょっと残念にそう思いながら祐介くんの背中を見ていたら、祐介くんがこちらを向いた。

「っ!」

 私たちの視線が重なり合ったことで、また私はドキッとしてしまう。

「な、那月さん?」

 少し距離があるけど、祐介くんの声がはっきりと聞こえた。

 こうなるともう、帰っちゃうのは無理……だよね?

 祐介くんの邪魔になるのを覚悟で、私は祐介くんに近づいていった……。

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