第109話 すごく、ドキドキしました

 翌日のお昼、喫茶店『煌』には、仁科ご夫妻はもちろん、昨日お世話になった人たちが集まっていた。

 マッチョな人たちが二日連続で来るのは珍しいけど、多分あの後、私と祐介くんがどうなったのかを知りたいからなんだよね。

 私もお礼を言いたかったから、この人とたちが来てくれて嬉しかった。

 あ、今日はカマーベストを着てお仕事をしているよ。メイド服は……当分着ないかなぁ。

「ありがとうございましたー」

 お昼の忙しい時間帯が過ぎ、お店に残っているお客さんがシゲさんとマッチョな人たちの四人だけとなったところで、四人が席から立ち、私たちスタッフがいる所までやって来た。

「那月さんや、昨日はなかなか大胆じゃったのぉ」

 シゲさん、私たちが帰る前に、私が祐介くんの手を握ったのを言ってるんだ。

 祐介くんと初めて手を繋いだ昨日のことを思い出して、私の頬はちょっと熱くなった。

「そ、そうですね。自分でも少し大胆……というかやりすぎたかなって……」

 でも後悔なんてしていない。むしろとても嬉しかった。

「うふふ、私が言ったことだけど、降神くんと初めて手を繋いだのよね?」

「そ、そうですね」

 昨日更衣室で優美さんに、『あの人たちが那月ちゃんを完全に諦めさせるために、降神くんと手を繋いで帰ったらどうかしら?』と言われて、私は驚いて大声を出してしまった。店内でその話が出なかったのは、聞こえていなかったからだと思う。

「あの時の那月ちゃんのリアクション……可愛かったわ~」

「ゆ、優美さん……!」

「それでそれで? 手を繋いだ感想はどうだったのかしら?」

 テンションが上がった優美さんは止まってくれない。ちょっと真夕さんに似てるかも。

 私も……うん、ちょっと照れはするけど、私の祐介くんに対する気持ちを知っている皆さんに、話したいって思ってるから全然嫌じゃないけどね。

「そうですね……祐介くんの手、けっこうゴツゴツしてて、やっぱり男の子なんだなって、ちょっと……ううん、すごく、ドキドキしました」

「「「きゃー!」」」

 私の話を聞いた三人組が叫んだ。

「もぉ、那月ちゃん! 完全に恋する乙女の顔よ!」

「可愛いわよ那月ちゃん!」

「可愛いといえば、あの男の子も可愛かったわよね!」

 マッチョな三人組の真鍋まなべさん、津乗つのりさん、千代原ちよはらさんもかなりテンションが上がってるなぁ。

 この人たち、こんなに体を鍛えているのに、実はオネェ系の人たちだったのには最初びっくりしたけど、今ではシゲさんと同じくらい仲のいい人たちになっていた。

「真鍋さん、津乗さん、千代原さん。昨日は本当にありがとうございました」

「いいのよ。アイツらが那月ちゃんに向ける視線、ほんと見るに耐えなかったから」

「アタシたちは那月ちゃんの気持ちを知ってるから余計にね」

「私たちの癒しの空間を、コーヒー一杯で何時間も居座られて私たちも嫌気がさしてたからちょうど良かったわ」

 真鍋さんたちは笑っている。よほどあの人たちのショックを受けた表情がスカッとしたような、そんな感じがする。

 私は……ちょっと申し訳なくも思いながらも、でも本当にコーヒー一杯で二、三時間は平気でいるし、仁科ご夫妻にも失礼な態度をとっていたから、時々ムッとはした。

 あの人たちが私に向けてくれる気持ちは嬉しくないと言えばもちろん嘘になるけど、今の私はやっぱり祐介くんが好きだし、彼以外と恋人になるのは考えられなかった。

 もし祐介くんとお付き合いができたら、今度こそ、私が望んだ恋愛ができる……そう確信に近いものを感じていた。

 ……男運ゼロの私が言ってもあまり説得力がないかもだけどね。

 それでも、あの優しい祐介くんと付き合えたら、日常がさらに楽しく、幸せになると思っている。

 祐介くんは今日、バイトもあるから帰ってくるのは夜の九時を過ぎてしまう……。

 私が先週熱を出して、祐介くんを好きだと自覚してから数回、遅くに帰ってきた日はあったんだけど、祐介くんが帰ってくるまでの時間がとても長く感じるようになってしまった。

 ストレートに言ってしまうと寂しい。

 帰りにスーパーに寄って今日のお夕飯を考えて、家に帰ってその仕込みや、他の家事をしている時にはあまり思わないのだけど、それをし終え、することがなくなってしまったら寂しい気持ちが一気に出てきてしまう。祐介くんに会いたいって気持ちがどんどん溢れてくる。

 まだドキドキして、何を話していいかわからなくなる時があるあるけど、それでも私の心は祐介くんと一緒にいるだけで満たされていくのがわかる。

 だから余計に、早く帰ってきてほしいって思っちゃう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る