第106話 え、どうして?

 その日の夜、夕食を食べ終え、今日もいつものように使った食器をシンクに持っていく俺。

 もうすっかり日常となった風景だけど、今日は微かに……だけど確実に違っている部分がある。

 普段なら俺が直接シンクやその付近に食器を置くのだけど……。

「ありがとう祐介くん」

 と、このように那月さんが笑顔でお礼を言いながら手を出してくる。

 これだけなら那月さんの笑顔にドキドキするだけなのだが、一番の問題はこの後だ。

「は……う、うん」

 気を抜くと敬語が出てくるので、まだ意識してタメ口を使っている俺は、食器を那月さんに渡そうと手を伸ばす。

 そうしたらまぁ、那月さんが食器を受け取るんだけど、それだけじゃない。

「……っ!」

 那月さんが食器を受け取る際、必ずと言っていいほど俺たちの指先が微かに触れるのだ。

 那月さんの指先が俺の指先に触れる度、俺の心臓は大きく跳ねる。

 そして那月さんの顔を反射的に見るのだけど、那月さんは笑顔だ。微妙に顔が赤く……見える? 普段の顔色とほとんど変わらないから断言は出来ないけど。

 まぁ、そんなめちゃかわ美人な那月さんの笑顔を見てしまったら、当然またドキドキするわけで、赤くなっているであろう俺の顔を見られたくないので、反射的にプイッとそっぽを向いて、また食器を取りにテーブルに行く。

 な、なんだろう?

 なんでこんなにボディータッチをしてくるんだ?

 俺としては嬉しいよ。好きな人と触れ合いているのだから、嬉しくないわけがない。

 でも、それだと那月さんの真意がわからないんだよな。なんでこんなことをしてくるのか。

 俺に気がある……は絶対にないな。那月さんが俺に……俺なんかに惚れる理由がない。

 これはあくまで俺の理想だ。だからこんな考えは捨て置く。

「あ、そうか……」

 思考を高速で巡らせ、俺はある答えにたどり着いた。

「どうしたの祐介くん?」

「い、いや、なんでもないで……ないよ!」

 小声で言ったと思ったのに、那月さんに届いていたのか。

 さっきの首を傾げる那月さんも可愛かった……!

 そ、そうだ。俺の考えなんだが……ずばり、那月さんは俺から食器を受け取る時、自分の手についている水や洗剤で滑って落としてしまわないように、しっかりと持つために俺の指と当たってしまうんだ。

 実際、俺の中指の先には、微かにだけど水がつく。それも本当にごく少量だからすぐに乾くし気にもならない。それに那月さんと触れ合える嬉しさで気にもとめてなかった。

 俺が複数の食器を重ねてシンクのそばに置くと、那月さんがまた手を伸ばしてきたので、俺は味噌汁のお椀を那月さんに手渡す。

 そしたらまた中指が触れる。

 那月さんを見るとやっぱり笑顔だ。

 そうして今回持ってきた食器を全部手渡しし、その都度指先同士が触れる。もちろん大きいお皿は無理だけど。

 俺はまだ残っている食器を回収するために、またテーブルに向かう。これで最後だな。

 それにしても、那月さんは指先同士が触れるの、どう思ってるのかな? 触れたあとの表情から、嫌ではないと思うんだけど……。

 ただ、あんまり触れるのはよくないよな。那月さん、当然ながら他の人と付き合ったことがあるから、この指先同士が触れ合うのも気にした様子もないけど、こう連続で触れたら内心では嫌な感情を抱いている可能性だってある。

 俺のことを『パートナー』って言ってくれているけど、親しき仲にも礼儀ありだ。

 俺もまぁ……触れたいって思わなくないけど、これ以上はよした方が良さそうだ。

 そこまで結論づけて、俺は残った食器たちをシンク近くに置く。

 そしたら那月さんがまた『食器渡して』と手を出してきた。

 それを見て俺は、あまり大きくないプレート状のお皿を掴み、那月さんへと手渡した。

 これだとまた指が触れてしまうが……。

「……?」

 那月さん、首を傾げている。俺の指が当たらなかったことが不思議なようだ。

 今回の俺の持ち方は、親指でお皿の上を持つ……これは普通だ。

 下はというと、指を折り曲げて持っているから、これだといくら那月さんが指を伸ばしても俺の指に触れることはない。

 次はお味噌汁が入っていた木製のお椀だ。

「……んん?」

 これも指が触れなかったことに那月さんが不思議そうに声を出した。

 さっきのプレートと似たような持ち方にしたので、那月さんがおそらく目算で指が触れるであろう具合に持ったけど、やっぱり指が当たらなかったので『なんで?』って顔をしている。

 それからも俺は、最後の一枚まで那月さんの手に触れない持ち方をして食器を手渡したんだけど、最後の方は那月さんが若干不機嫌になっていた。

 え、どうして?

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