第103話 すごーく嬉しいよ!

 那月さんが履いている黒のストラップシューズが床を踏む度に聞こえる『コッ、コッ……』という音が、俺の心音と完全にではないがシンクロしている。俺の鼓動が三回鳴ると、那月さんの足音が一回聞こえる。

 それだけ今の那月さんを見てドキドキしている。

 那月さんがこちらに近づくにつれ、那月さんの足音と、俺の心音が大きくなる。

 那月さんからマジで目が離せずにいると、いよいよ那月さんがこちらにやってきて、カップを俺のそばに丁寧に置いた。

 近くで見た那月さんの顔は、かなり赤かった。

「お待たせいたしました。こちら、当店のオリジナルブレンドです」

「……」

 正直耳に入ってこない。

 俺の神経は今、完全に目に集中している。

 それほどまでに、那月さんのメイド服姿が似合いすぎて……美しすぎて、見惚れる。

 なんというか、気品がある……みたいな?

 上手く言葉に出来ない。

 那月さんは一歩下がり、お盆を腕をクロスした状態で胸に抱き抱えながらちょっとモジモジしている。か、可愛い……。

「あ、あの……祐介くん」

「……え?」

 那月さんが俺の名前を呼んで、遅れて我に返った。

 改めて那月さんの顔を見ると、さっきよりも赤みが増していた。

「その、ちょっと見すぎ……というか、恥ずかしい……というか」

「あっ! こ、ごめんなさい!」

 いけない。思わず那月さんのメイド服姿を上から下まで何往復も見てしまった。

 好きな人のメイド服が超絶綺麗で似合っていたとしても、もう少し自制するべきだった。

 くそっ、これだから誰かと付き合ったことのない『振られ神』の俺は……。

「それで、その……どうかな?」

「え?」

 どうって、何がだ?

 コーヒー……じゃないよな? 飲んでないし。

「わ、私の……この姿」

「あ……」

 那月さんは抱き抱えていたお盆を後ろ……お尻の方に持っていき、俺にメイド服姿の全身を見せてくれた。

 那月さんはメイド服姿の感想を俺に求めているんだ。

 飲んでないコーヒーの感想なんてボケをかましている場合じゃなかった。

 ……ん? なんだ?

 カウンター近くにいる優美さんが、何やら俺にジェスチャーをしている。

 右手を口の前に持っていって、その手を開いたり閉じたり……グーとパーを繰り返して……。

 あ、そうか! 優美さんも『感想を言え!』と言ってるのか。

 そ、そうだよな。せっかくカマーベストから着替えてきてくれたんだ。それで何も言わないのは男としてダメだよな。

 俺は咳払いをし、那月さんの顔を見る。

 目は少し潤んでいて頬がかなり赤い。

 ヤバい……可愛い……!

 そんな那月さんを見て、俺の心臓は鼓動を早め、顔の熱も上がる。

 と、とにかく、目を凝らすだけじゃなく、口も動かさないと……!

 って、口の中カラカラだ!

 俺は渇いている口の喉を潤すためにおひやをグイッと飲む。

 そしてその勢いのまま、俺は感想を口にする。

「そ、その! ……とても似合っていて……すごくき、綺麗、です……」

 その勢いはすぐにガス欠を起こしたが、なんとか最低限のことは言えた。

 もっと気の利いたことを言えたら良かったかもしれないけど、俺にはこれが限界だ。

「っ!」

 俺の感想を聞いた那月さんは、目を見開いて驚いていた。赤みが顔全体に広がっている。

 次の瞬間には那月さんは俯いてしまった。

 どんな表情をしているかわからなくなってしまった。

 え、もしかして、こんな感想を求めていたんじゃなかったのか!?

 いやでも、これ以上の感想……歯の浮くような言葉は無理! 普段でも無理なのに、今の那月さんを前にして言うのは絶対に無理!

 俺が焦りまくっていると、那月さんがゆっくりと顔を上げた。

 そして那月さんの表情を見て、俺はまたドキッとした。

 頬が赤いのはそのままなのだが、目を細め、口は弧を描いていて……。

 その美しすぎる微笑みに、俺はまた目を奪われ、見惚れていた。

「ありがとう祐介くん。すごく、すごーく嬉しいよ!」

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