第101話 意識してほしい

 祐介くんの注文を勇さんに伝えると、優美さんが手招きをしていたので優美さんの元へ行くと、優美さんは私の耳に顔を近づけてきた。

「那月ちゃん、今からメイド服を来てきちゃいなさいな」

「……へ?」

 め、メイド服を? 今から!?

「面接の時、『好きな人が出来たら見せましょうね』って、私言ったじゃない?」

「い、言われてましたけど……」

 あれが面接だったのかどうか怪しいけど。

 簡単な自己紹介……優美さんと勇さんとの顔合わせと、カマーベストとメイド服の試着、そしてシゲさんと知り合ったくらいで、面接って雰囲気じゃなかった。

 あ、真夕さんが私のメイド服姿について力説してたっけ。言ってることはよくわからなかったけど───

「好きなんでしょ? 降神くんが」

「っ!」

 私が初めてここに来た日のことを思い返していると、優美さんにあっさりと私の気持ちを言い当てられて、一瞬で耳まで熱くなった。

「うふふ、やっぱりね」

 え、なんで!? わ、私、まだ真夕さんにしか言ってないのに……!

 も、もしかして真夕さん……!

「那月ちゃんって、すっごくわかりやすいから」

 どうやら違うみたい。

 真夕さん、疑ってしまってごめんなさい。

「で、でもお店は……」

 今日は日曜日で、いつもよりお客様も多い。メイド服を着るのにも時間がかかるし、その間優美さんにフロアをお任せしてしまうのはすごく申し訳ない。

「心配しなくても大丈夫よ。新しいお客様も入ってないし、那月ちゃんも知ってのとおり、あの人たちはもう何も注文しないし、あそこのマッチョな人たちも……ね?」

「うぅ……」

 私がここで働きはじめてからしばらくして来るようになった人たち……いつも私に『可愛いね』とか、『連絡先教えて』とか、『今度遊びに行こうよ』など、何かにつけて私と喋ろうとしているだけで、コーヒーを一度注文したらあとは何も頼まないで数時間居座り続けてくる人たち。

 でも、バイトが終わるのを待ち伏せしたり、無理やりなことをしてこないのを見ると、もしかしたらこういうのに慣れてる人たちなのかもしれない。

 あそこのマッチョな人たちは、私に言い寄ってくる人たちが来るようになってしばらくして来るようになったんだけど、来てはいつもあの端の席に座ってじっとしているんだけど、あの人たちは別に、自分から積極的に私に話しかけては来ていない。

 別の意味で来てくれている。

 何度か話したことはあるけど、強面なんだけど、すごく話しやすい人たちだ。

 キャラはすごく濃い人たちだけど、本当にいい人たち。

「今いる人で、注文するとしたらシゲさんしかいないから大丈夫よ。それとも那月ちゃんは、降神くんにメイド服姿を見せたくないの?」

 優美さん、絶対にわかってて言ってる。

 そんなの……決まってる。

「……み、見せたい、です」

 祐介くんなら、私がどんな服を着ても『似合ってる』って笑顔で言ってくれる。私も祐介くんからそれを聞きたいし、祐介くんの笑った顔が見たい。

「で、でも……祐介くんにはメイド服は見せないって言ってるので……」

「あらそうなの?」

「は、はい……」

 面接(?)に行った日の夜に、確かに私は『祐介くんにはメイド服姿は見せません!』と言ってしまった。

 あの日に優美さんに言われた、そしてこの耳打ちの最初の方に言われた一言を思い出して、顔が熱くなって叫んでしまった。

 あの時は祐介くんを好きになるなんて思ってなくて、優美さんが冗談で言っているものだと捉えてしまっていた。

 でも、祐介くんを好きになった今、恥ずかしいけど、メイド服姿を見てもらいたい。

 同性の優美さんと真夕さん、そして妻子を持っている勇さんとシゲさんからもすごく高い評価をもらった姿……。


 祐介くんに見てもらって、少しでも私を意識してほしい!


「そんなに気にすることないわ。降神くんはびっくりするでしょうけど、それ以上に見せてくれた嬉しさの方が何倍も大きくなるでしょうから」

 優美さんの言葉を聞いて、また頬が熱くなる。

「そ、そうでしょうか……?」

「ええ、那月ちゃんのメイド服姿を見て、何も思わない男なんていないわ。きっと、降神くんもドキドキするに違いないわ」

 ドキドキ、するのかな? してくれるのかな?

「それで、那月ちゃんはどうしたい?」

 祐介くんにドキドキしてほしい。ドキドキしている祐介くんの顔が見たい。

 祐介くんが、少しでも私を好きになってくれるのかもしれないのなら……。

「き、着替えてきます」

 私は面接時以外で、初めてメイド服を着ることを決意した。

「ええ、店のことは気にしないで、時間をかけてゆっくりおめかししてきちゃいなさいな。折を見て私もお手伝いに向かうわね」

「え、でもそうなると本当に……」

 お客様に注文を取りに行く人がいなくなってしまうんじゃ……。

「勇さんがいるから大丈夫よ。だから気にしないで行ってきなさい」

「わ、わかりました……」

 こうなると私が何を言ってもダメだと思ったので、私は仁科ご夫妻にぺこりと頭を下げ、お店の奥の扉の前に立ち、シゲさんとお話をしている祐介くんを一度見てから、お店の奥に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る