第98話 一体何者なんだ?
那月さんが優美さんと何やらヒソヒソと話をしたと思ったら、タタタっと小走りでお店の奥の扉に入っていった。
もしかして、那月さんは休憩時間なのか? 働いている那月さんの姿をもっと見たかったから、ちょっと残念だけど、忙しいから休憩もしっかり取ってもらわないとな。
「君が噂の祐介くんかの?」
「え!? は、はい……!」
正面のコーヒーを飲んでいるご老人……シゲさんに呼ばれたので、俺は返事をしたんだけど……噂の? 噂ってなんだ?
「わしは海原茂樹……那月さんや勇くんたちからはシゲさんと呼ばれておるよ。祐介くんも気軽にシゲと呼んでおくれ」
「ど、どうもご丁寧に……降神祐介といいます」
那月さんの動向が気になって、年上の人に先に自己紹介をさせてしまったことに内心で反省する。
「うん、那月さんの言ったように、真面目な子じゃの」
「い、いえ……真面目なんて……」
「今どきちゃんと自己紹介が出来る若者が少なくなっておるし、それに祐介くんは年上のわしに先に自己紹介をさせてしまったことに自責の念を抱いておる……違うかの?」
「っ!!」
い、言い当てられた!? 会って間もない俺の心を完璧に!?
シゲさん……一体何者なんだ?
「そんな顔をしておったし、この短い時間にそんな顔をする要因は限られておるからのぉ。そんな考えが出来る祐介くんは真面目じゃよ」
「そ、そうでしょうか……?」
自分ではあまり実感がない……というか評価が出来ない。
「那月さんも完全に祐介くんに心を許しておるからの。あの子がここで働き始めた時からずっと見ておるわしが……あの子が好きなわしが言うんじゃから間違いないよ」
シゲさんはここの常連さんなんだ。だから那月さんもシゲさんにあんなに気さくに話してるんだな。
「あらシゲさん。奥さんがいらっしゃるのにそんなこと言っていいんですか?」
「え?」
そばから女性の声が聞こえたので、通路側を見ると、お冷を持った優美さんが立っていた。ものすごくにこにこしてる……なんか怖い。
「ひ、人として那月さんが好きなだけじゃ! じゃから婆さんに告げ口するような顔はしないでおくれ」
「うふふ、わかってますよ。冗談です」
ほ、本当なのかな?
でも、これがシゲさんとお店の人のいつものやり取りなのだとしたら、この人たちは本当に仲がいいんだろうな。
それから優美さんは、お冷を俺のそばに置いて、俺を見て言った。
「降神くんごめんね。オーダーしたコーヒーなんだけど、ちょっと出すの遅れそうなの」
「そ、それは全然構いませんが……もしかして豆が切れていたとか、ですか?」
那月さんのオススメだから、ここにいる人たちもそれを飲んでいて、ちょうど豆を切らしていて、だから那月さんが豆を買い出しに行ってしまったのかもしれない。
大丈夫かな? この暑さで参っちゃわないといいけど……。
「ちょっと準備に時間がかかるから……とだけ言っておくわ」
「?」
優美さん……すごくにこにこしてる。一体なぜ?
カウンターに目を向けると、ロマンスグレーが似合うマスターと目が合い、マスターも俺を見て笑った。マジで何があるんだ?
「あの、優美さん」
「あらどうしたの降神くん?」
「あのカウンターにいる人って……」
「ええ、私の旦那の勇さんよ」
やっぱりか。渋くてかっこいい人だな。
「あの、シゲさん」
「なにかの? 祐介くん」
「その、勇さんにも挨拶と、お礼を言いたいので、一度席を離れてもいいでしょうか?」
ここに来て、まだ勇さんとは話もしていない。直接的にではないけど、勇さんにもお世話になった身だから、きちんと自己紹介と挨拶、そしてお礼を言いたい。
「ほっほっ、ジジイに気を遣わずともいいさ。行ってきなさい」
笑顔でそう言うと、シゲさんはコーヒーを一口飲んだ。
「はい! いってきます」
「挨拶と……お礼?」
優美さんが首を傾げている。お礼の部分にピンときていないみたいだ。
「個人的に、どうしても伝えたいので」
席を立ち、優美さんにそれだけ言うと、俺はカウンターにいる勇さんのもとへゆっくりと向かった。
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