第7章 祐介、喫茶店『煌』に行く
第96話 メイド服姿が見たい
「ここか……」
那月さんが熱を出した週の日曜日。ギラギラと照りつける真昼の太陽とセミの大合唱の下、俺はスマホの地図アプリを頼りにある場所の前に立っていた。
那月さんがバイトをしている、マユさんの実家……喫茶店『煌』に。
マユさんには先日バイトで一緒になった時に直接お礼を言ったんだけど、優美さんには言えていなかった。
弁当を用意してくれて、お粥作りのアドバイスももらっておきながら、それからお礼を言いに出向かないでいるのはあまりにも礼に欠ける。
ということで、ここに来る前にスーパーでお礼の品を買ってここにやって来た。
……それとは別に、もう一つ理由があったりもするんだけど。
あれは数日前、那月さんに『私にしてほしいことはない?』と聞かれた際、那月さんがリビングから出ていったあとに思いついたお願いがあったんだけど、言う勇気が持てなくて今日までそれを伝えられずにいた。
那月さんの……メイド服姿が見たい、と。
『祐介くんには見せません!』と、なぜか顔を赤くしながらキッパリと断言されてしまって、その時から諦めていたんだけど、那月さんを好きだと自覚した今、その思いに再び火がついてしまった。
優美さんたちにお礼を言うのを口実に……と思うと、すごく卑怯で後ろめたさもあったんだけど、実際にお礼を先延ばしにするのもいけないし、今週二日休んだことにより、今日までバイトも休めなかったから、お礼を言いに行くのも今日しかないと思ったんだ。
クソ忙しい日曜日だけど、月に一回は休みをくれるし、今月はそれがたまたま今日だったんだけどね。
それから今日のことは、那月さんには言っていない。
お願いを言うことも出来なかったから、今日ここに来るというのも言えていない。
それに初めてここを訪れるのだから、那月さんはきっとびっくりするだろうな。
いや、それだけならまだいい方で、今日那月さんが帰ってきたらお説教コースもあるかもしれない。
ここに来た理由の半分が、『メイド服が見たいがために』なんだから、覚悟の上だ。
それに、たとえお説教だとしても、那月さんと話が出来る口実が出来ることが、ちょっと嬉しかったりもする。
「俺って、大概だな……」
独り言ちると、自然と自嘲してしまった。
さっきの独り言だけを聞かれていたら、一発でドM認定されてしまう。
でも……それだけ那月さんが好きってことなんだよな。
那月さんと話せるのなら、お説教でも歓迎とか……普通なら出てこない考えだ。
「はぁ~……」
那月さんのことばかり考えていたら、めちゃくちゃ緊張してきた。暑さも相まって汗が止まらない。
額から流れる汗をショルダーバッグから取り出したハンドタオルでふいていると、俺の進行方向側からご年配の男性が喫茶店のドアノブに手をかけた。どうやらお客さんのようだ。
あ、ご老人が俺を見た。ちょっと見すぎてしまったみたいだな。
俺はご老人にぺこりと会釈をすると、ご老人も会釈を返してくれて、店に入っていった。お店から少し距離があるところにいるんだけど、ご老人は笑っているように見えた。
そういえば、那月さんと仲のいいシゲさんという人も確か年配の男性なんだよな。
まさかさっきの人がそのシゲさんだったりして。
まぁ、それはこのあとわかると思うし、俺も覚悟を決めて入ろう。
俺は一度深呼吸をしてからゆっくりと歩きだし、喫茶店のドアノブを握り、一度唾を飲み込んでから、意を決してドアを開けた。
店内は落ち着いた雰囲気で、BGMにジャズ系の音楽が流れている。
カウンター席とボックス席があり、三分の二くらいはお客さんが入っている。
ただ……なんというか、あまり普段から喫茶店を利用しているようには見えない男の人が何人かいる。
チャラい……なんというか軽そうな人たちが複数のテーブルにいるのと、ガタイのいいマッチョな三人組。
チャラい人たちは複数のボックス席を一人ずつ占拠していて、マッチョな人たちは隅っこの、一つのボックス席でコーヒー(?)を飲んでいる。
そして、そのうちの一組の席の前に立っているのはライトブラウンの長い髪をポニーテールにしているカマーベストを着た女性の店員さんが……。
まさか、あの人たちの目的って───
「あ、いらっしゃいま……」
ライトブラウンの髪の女性店員さんが、来店した俺の方を向き、笑顔でお出迎えしようと、こちらに向かっている途中でフリーズしてしまった。
そして俺に気づくと、目を見開き、頬がみるみる赤くなり……、
「……ゆ、祐介くん!?」
女性店員さん……那月さんは叫んだ。
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